僕は一通の手紙を受け取り読み始めると、そこに書かれていたコトを否定した。
「ありえない・・・ありえない!!」
「落ち着けよ」
裕太が慰める。
だけど、意味がわからないんだ。
「いいか、よく聞け」
「聞けないよ!」
僕は裕太の胸を力いっぱい殴った。
だけど気持ちだけで、本当は全く力が入っていなかった。
「京、落ち着くんだ」
「どうやって落ち着けっていうんだ!」
「二回目だ、俺の話を聞け」
裕太が本気の迫力を出してくる。
「八木羅は死んだんだ」
「ねぇ?」
菜子が何だか悲しそうに話し掛けてくる。
「うん?」
「もし私が、どこか遠くへ行っちゃったとしたら、どうする?」
「どうするって・・・そりゃ心配するよ」
「本当に?」
言ってる意味がよくわからない。
けど、なんだか嬉しい気分。
・・・京脳もよくわからない。
「本当だよ」
「うん・・・ありがと」
僕と菜子は軽く触れ合う。
こうしてお互いを確かめ合うって、なんだかいい。
春を迎えたばかりのあの頃じゃ考えられなかった。
だけど、こうして目の前に菜子がいる。
二人きりで、過ごしている。
それがすごく幸せに感じる。
それだけで僕は満足だ。
「もう夏なんだね」
太陽は沈んでしまったが、暑さだけは抜けていない。
確かに昼と比べると涼しいけど、それでもまだ蒸し蒸ししたモノがある。
「今年の夏は、思い出がいっぱい増えそうだね」
さっきの悲しげな表情とは打って変わって、菜子は満面の笑みを浮かべる。
「そうだね」
僕もそれに応える。
「詩を、読もうか」
何故だかわからないけど、僕が口を開いた。
僕から詩を読む?
・・・京脳の回転率が下がる。
「うん、いいね」
「それじゃ・・・僕からいくね」
「うん。でも、珍しいね」
「え、そうかな?」
「いつもなら私からなのにね」
「う・・・うん」
実際僕にもよくわからないのだ。
まぁ自然の成り行きってコトにしておこう。
「きっと、明日も晴れるよね?」
別れる時のアイサツ。
もはや僕らの中では定番となってしまった。
でも菜子はごく自然にその言葉を口にする。
特に何らかの意図があるワケでもなく、ただ。
「うん、晴れるよ」
・・・ふと、何かに気付いた。
ここで僕が曖昧な表現をしたらどうなるのだろう、と。
何だかよくわからないのだが、そんなコトを思った。
明日は晴れるってコトは一体どういうコトなんだろう。
もし晴れないって言った場合は、もう菜子とはお別れなのだろうか。
僕らの縁は天気次第?
・・・・・・・・・。
ばかばかしくなってきた。
あ、いや、菜子にじゃなくて、その考えがってコトね。
別に晴れだろうと晴れじゃなかろうと、僕らはずっと一緒。
ずっと続いていくんだから。
「私、思うの」
菜子が口を重そうに開く。
「うん?」
途端に雰囲気もダークになってきた。
「明日は・・・晴れないよ」
「え?」
僕の考えを根底から覆してきた。
菜子本人からそう言われると、僕はどうしていいのかわからない。
まぁ別に晴れなくても何も変わらないんだろうけど。
「どうしてそう思うの?」
念の為、お約束だとは思うけど聞いてみた。
「勘・・・かな」
「勘、ね」
ホッとしたようなホッとしないような。
場は沈んだまま。
何を言ってあげればいいのだろうか。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
さっきまで楽しかった会話も、ここで終わりらしい。
ここは早めに引き上げた方がいいのかもしれない。
「帰ろ・・・っか?」
満を持して聞いた。
「・・・・・・うん」
「それじゃ、送ってくね」
「うん、ありがと」
・・・何だか腑抜けた"ありがと"という感じだ。
まぁ、大丈夫だよね。
「京・・・」
菜子が今にも倒れそうな表情で訊いてくる。
「どしたの?大丈夫?」
「うん、大丈夫だけど・・・」
「?」
なんだろう。
「私、行かなくちゃならないの」
「え・・・何処に?」
「それは・・・・・・」
「それは?」
「・・・・・・」
菜子は黙り込んでしまった。
・・・何だかすごく嫌な気がする。
「言えないようなトコロ?」
まぁ言えないんだったらこんなコトも言わないんだろうけど。
「・・・・・・」
菜子は相変わらず口を塞いだままだ。
このままじゃ話が進まない。
その上、僕の気も済まない。
何か良い言葉は無いだろうか。
「手紙を書くね」
「え?」
京脳は更に混乱する。
「私からの手紙、待ってて」
相変わらず言ってる意味がわからない。
それに、今の言葉・・・・・・。
「行っちゃダメだよ!」
僕は不意に口にした。
京脳が勝手に言った。
何かを直感したんだと思う。
「・・・・・・ごめん」
「菜子!!」
僕は菜子を抱き締める。
けど、拒否られた。
「京、ありがと・・・」
その"ありがと"は、今までのコトに対する感謝。
全てをひっくるめた"ありがと"。
僕は涙が止まらなくなった。
「どうしてなんだ・・・菜子・・・・・・」
「・・・・・・」
意味がわからない。
京脳でさえ何も掴めていない。
いや、これ以上何かを言うのをやめたのだろうか。
僕にはもう何も言えない。
どうして?
菜子が消え去ってしまうかもしれないのに、どうして黙ってる?
最後の優しさで突き放すのか?
菜子がいなくなったら僕はどうすればいい。
僕のかけがえのない人だ。
僕の、全てだ。
「菜子・・・・・・!!」
菜子は僕と反対方向を向く。
そして、ゆっくりと歩き出した。
「あ・・・・・・あ・・・・・・」
何が起こっているか理解出来ない。
これでいいのか?
止めなくていいのか?
だけど、何故だか追いかけられない。
その気が無いワケじゃない。
京脳の思考が完全に止まってしまったようだ。
涙だけがノンストップで溢れ零れる。
もう僕は、翼を失った鳥のよう。
ただ見つめているコトしか出来ない。
菜子の痛々しい後姿。
悲しさだけで造られた、菜子の後姿・・・・・・。
あれから半年が経った。
僕は裕太に菜子の死を伝えられた。
あの時に比べれば悲しさは少ない。
何故だろう。
菜子は既に死んでいると知っていたから?
「京・・・」
裕太が申し訳無さそうに口を開く。
「誰も責めるな、よ」
意味がわからなかった。
揃いも揃って意味のわからないコトばかり。
まるで僕が分からないのをイイコトに、弄んでいるのだろうか。
・・・・・・。
どうでもいいや。
何だか、スッキリした感もある。
菜子の消えた理由。
謎が解けた・・・んだか解けてないんだか分からないけど、
もうこれでいいや。
「京・・・?」
「裕太」
「どした?」
「疲れた」
「・・・そうか」
裕太は静かに部屋を出て行った。
なんだかんだで、僕のコトを一番理解してくれてるんだと思う。
菜子のいない今は、裕太だけが頼りだ。
「おい」
学校からの帰り際。
「えっ?」
誰かに後ろから声をかけられた。
ドゴッッ!!
と思って振り向いた瞬間、僕は気絶した。
「・・・・・・・・・」
僕は仰向けで倒れている。
・・・何もかも理不尽だ。
「気が付いたか?」
「・・・誰?」
確認しようと思って起き上がった。
・・・つもりだったけど、起きるコトさえ困難。
「飯田、お前には消えてもらわなきゃならない」
「え・・・?」
夢・・・・・・?
にしてはヤケにリアルだ。
それに、誰だろう。
聞き覚えのある声だ。
・・・・・・・・・。
「上佐賀さん・・・?」
半年前、僕のコトを相当いためつけて挙句には菜子をさらった本人だ。
さらったかどうかは知らないけど、多分そんなトコロだろう。
僕の菜子を勝手に連れ去りやがって。
今思えば、菜子がおかしくなったのはアンタのせいなんじゃないか?
京脳がヤケに強気になる。
脳内でだけど。
「菜子を殺したのはお前だ」
「え・・・?」
予想外な発言。
というより上佐賀さんがまだ存在したコトさえも予想外だけど、
今の発言はそれを軽く上回った。
「僕が・・・殺した・・・?」
仰向けのまま天に向かって呟く。
「菜子からの手紙は読んだか?」
手紙?
内容は確か・・・。
"京へ。
私、京のことが大好きです。
京のことを思うたびに、胸が痛くなってました。
そこで気付いたんです。
これって、好きなのかなって?
・・・いつのまにか、二人は付き合ってたよね。
毎日一緒に過ごして、詩を詠んで。
色々妨げはあったけど、二人で過ごした時は楽しかった。
初めてのデートの時は緊張した?
私はその時、実はとても緊張していました。
その前から二人で会ってたりしてたけど、何だか、むずかゆくって。
・・・・・・・・・。
最後に・・・。
貴方がこの手紙を読んでいる頃には、私はこの世には居ません。
今までありがとう。また逢えるといいね。
さようなら。
菜子
こんな感じだった。
ハッキリ言って意味がわからないのだ。
言いたいコトも掴めないし、とにかくわからない。
で・・・・・・。
上佐賀さんは言った。
菜子を殺したのは僕だ、って。
どうしてそこでそうなるんだろう。
菜子にしても上佐賀さんにしても、もっとわかりやすいように説明してもらいたいものだ。
「菜子がどうやって死んだか、知ってるか?」
「え、いや・・・」
どうやって死んだか?
またよくわからないコトを言い出してくれる。
「首を吊った」
「・・・・・・」
首吊りか・・・よくあるコトじゃないか。
首吊り・・・?
まさか菜乎は・・・!!
「よっぽどためらったのか、菜乎の最期は悲しい顔だった」
上佐賀さんから殺気というオーラが放たれる。
前回と違って誰も止めてくれる人はいなそうだ。
きっと僕は殺される。
ワンパンで顔をぐちゃぐちゃにされるんだ。
不思議と恐怖感は無い。
「菜乎は・・・自殺したんだね」
「そうだ」
上佐賀さんがじりじりと僕に寄ってくるのがわかる。
「待って・・・」
「なんだ?」
「僕を殺したら、上佐賀さん捕まっちゃうよ」
「お前は殺されなければならないんだ」
上佐賀さんは自分の世界に入ってしまたようだ。
もう止めるコトは不可能だろう。
ふと、顔を横にしてみる。
ロープがいっぱい散らばっている。
「・・・・・・」
もう思い浮かぶのはソレしかない。
僕は仰向け版ほふく前進を駆使し、ロープを手に入れた。
「・・・何のつもりだ?」
上佐賀さんは実にゆっくりと僕に近づいてくる。
「今なら、間に合うかもしれないしね・・・」
僕は天井方向に向かってありったけの力を込めてロープの先端を投げつける。
その先端は鉄格子みたいなのを一周し、僕の元に戻ってきた。
それを僕の首にグルグル巻く。
「おい」
上佐賀さんの方をチラッと見る。
僕は何故だか笑みがこぼれた。
ロープで自分の首を巻きながら笑う男。
どう考えても不気味すぎる。
けど、上佐賀さんは動じもしない。
何だかシャクだ。
「もうちょっと待ってよ・・・」
上佐賀さんは悟ったらしく、歩みを止めた。
首のロープはがっちり固定された。
僕はロープの逆の先端を上に投げてもう一周させる。
更にもう一周。
おまけにもう一周。
そしてその先端に、傍にあった鉄の塊を重りにして巻きつけた。
準備OK。
後は僕がアレを一周するだけで、ミッション完了だ。
辺りを見回す。
うまい具合に梯子があった。
僕は梯子を起こして固定させる。
上佐賀さんの方をチラッと見る。
「・・・・・・・・・」
上佐賀さんは沈黙を保ったままだ。
せっかくなんだから何か一言くらいくれてもいいのに。
煩わしくなった僕は迷わず梯子に手をかけた。
一歩、二歩。
既に呼吸なんて出来たモンじゃない。
もう誰かと言葉を交わすコトも無い。
ちっとも寂しげじゃない。
主に顔ら辺が熱くなってきた。
梯子の最期の段に手をつけた。
後は向こう側にジャンプするだけ。
別に躊躇なんてない。
最後にもう一度、上佐賀さんを見下ろす。
目が合う。
上佐賀さんの目に感情らしいモノは無かった。
ただ結果を待つばかり、そんな感じ。
体が酸素を求めて苦しみ始めた。
わかったよ、僕の負けだよ。
僕は勢いをつけて向こう側に飛び降りた。
京本体が落下していく。
不意に過去の思い出達が甦ってくる。
走馬灯?
ガッッッッッ!!!!!
首を激しく圧迫される。
首から上がなくなるような感覚。
これで京プロデュースの首吊り自殺は成功した。
目が飛び出そうだ。
ふと、上佐賀さんらしき人が狭い視界に映る。
パクパクと口を開いている。
何か喋ってるのかな?
よくわからない・・・。
いよいよ京本体の活動が終了しようとしている。
神経は全て顔に注がれている。
呼吸したいけど出来ない。
いいんだ、死ぬんだから。
自分で死を選んだんだ・・・。
僕は・・・死ぬ・・・・・・?
・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・菜・・・・・・・・・乎・・・・・・・・・・・・・・・。