あの場所に、八木羅さんは座って居た。
思いつめた表情で僕を見上げる。
「飯田君・・・」
「探したよ」
「うん・・・」
・・・言葉が出てこない。
会う前は、アレを話そうとかコレを話そうとか、
京脳内で色々妄想していたんだけど、でもいざ会ったとなったら、
口が動くどころか、京脳の回転率もニブってきた。
「・・・ありがとう」
八木羅さんが不意に口を開く。
しかも何かと思えば感謝の言葉だ。
「えっ?」
誰だってこんな反応をするだろう。
実際僕には何がありがとうなのか見当さえつかない。
「飯田君には、色々お世話になったよね」
「えっ・・・?」
京脳に不安がよぎる。
八木羅さんとの別れ・・・?
僕の中で八木羅 菜乎という人物像が砕けてしまう。
「八木羅さん・・・?」
「飯田君」
話がかみ合わない。
「えっと・・・」
「明日デートしない?」
「えっ?」
京脳にやたら強い刺激が走る。
今、何て言った?
「明日・・・何?」
「だから、デートしよって」
で・え・と?
京脳をフル回転させる。
・・・・・・。
デート[お互い好き合っている異性同士が映画館等に行って愛を深めるコト。]
京脳が答えを弾き出した。
・・・・・・。
「えぇっ!?」
3歩程遅れて反応してしまう。
「ダメ、かな?」
「そ、そそそ、そんなコトないよ!」
デートだなんて、ダメなワケないでしょ!
しかも相手が八木羅さんときたら、どうして断るコトが出来よう!
でも・・・。
「なんでまた、突然?」
京脳がいらないコトを突っ込み出した。
えぇ〜い、黙っていろ!
「うん、まぁ、いいじゃない?」
「うん、いいよ」
京脳より驚くほど早く京本体が口を開く。
さすが京君、お茶目だね♪
「それじゃ、明日の1時頃に駅前で待ってるね」
八木羅さんはそう言い残し歩いていってしまった。
「・・・・・・・・・」
やったー!八木羅さんとデートだぁぁ!!
・・・と喜びたいところだが、何だか胸騒ぎがする。
「何でいきなりデートなんだ?」
京脳が勝手に計算を始めた。
確かにまぁ、ちょっと意味がわからないトコがある。
一週間も会ってないのに、いきなりデートだなんて、誰が見てもおかしい話だ。
「う〜ん・・・」
それに上佐賀さんのコトだって気になる。
あの人は一体何処へ行ったのか?
いや、あの人とは一体どうなったのか?
疑問ばかりが増えていく。
・・・京脳の回転が徐々に苦しくなってきたみたいだ。
「帰るか・・・」
別にどうだっていいや。
明日八木羅さんに会って、聞こう。
それが一番な気がする。
それに、何だか今の一瞬の間で、ものすごく疲れた。
こういう時はベッドに潜り込んで寝るに限る。
「・・・待てよ」
雪野さんと裕太には何て言おう。
いや、その前に彼女等はまだ探しているのだろうか。
「・・・・・・・・・」
いいや、帰ろう。
そのうち飽きて勝手に解散ってコトになるだろう。
まぁそんなこんなで、僕は帰路に着いたのであった。
「ごめん、待った?」
今日は平日。
「ううん、今来たところだよ」
学生や社会人達はそれぞれの任務を果たす為持ち場についている。
「ふふっ、本当は待ってたんでしょ?」
僕ら二人は高校生。
「んー、実は30分くらいね」
自らの意思でその掟を破り、街に繰り出していた。
「ごめんね。服を選ぶのに時間かかっちゃって」
まぁ、単に学校をサボっているだけの話だけど。
「そういえば、八木羅さんの私服見るの初めて」
「あ、そういえば私も飯田君の私服は初体験」
「可愛いね」
「ふふっ、ありがと」
僕と八木羅さんは昨日の約束の時間ピッタリに駅前に立っていた。
・・・僕は30分前から今後の出来事を色々と妄想してたワケだけど。
「何処に行こうか?」
まるで、何度もデートしてるかのような雰囲気。
「飯田君、お昼食べてきちゃった?」
もしかしたら僕は八木羅さんと肌が合うのかもしれない。
「いや、一緒に食べようと思って」
変な意味じゃないけどね。
「あははっ!うん、実は私もそうなんだ」
「じゃあ、レストランでも入る?」
「うん、そうしましょう。あ、それとね・・・」
「うん?」
「私のコトは菜乎でいいからね」
「え、うん。あ、じゃあ僕のコトも京でいいよ」
「ふふっ、何だか恋人気分全開って感じだね」
まだ序盤なのに、何だかすごくイイ雰囲気になってきたぞ。
「と、とりあえず、行こうか」
「うん」
僕らは近くのファミレスに入るコトにした。
「今日はありがとう」
「いや、僕も楽しかったよ」
楽しい時間が過ぎるのはなんでこんなに早いのだろうか。
僕らはオレンジがかった空を見上げながら歩いていた。
気が付くと、例の事件が起きた場所に辿り着いた。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
まるで磁石に引き付けられたかのように・・・僕らはその場所に立ち止まる。
おそらく意図はしていないんだと思う。
だけど、京脳と菜乎脳(・・・微妙)が自然に足を運んだんだと思う。
「ねぇ、京!」
「うん?」
菜乎が天に向かって叫んでいる。
「きっと、次の人生でも会えるよね!!」
・・・?
何を言っているのかサッパリ掴めない。
もしかして、また自分の世界に潜り込んでしまったのだろうか。
昼のデートの時にもこういう場面がよくあった。
何も無い空間に、まるでそこに誰かが居るかのように、問い掛けている。
菜乎はそれを繰り返している。
「京?」
「・・・うん、会えるよ」
僕はそう言って菜乎を抱きしめた。
「いつでも、会えるよ」
「うん・・・ありがとう」
そう言った菜乎は涙を流していた。
悲しいワケじゃなくて、嬉しいワケでもなくて。
「どうして泣いているの?」
菜乎がたずねてきた。
「えっ?」
泣いているのは菜乎じゃないのか?
「あれっ、私も泣いてる?」
菜乎は自分の頬を手で確かめる。
僕も自分の下瞼の辺りを軽くなでてみる。
涙が出ていた。
「明日は、晴れるかな?」
雲を見つめながら菜乎が言う。
「うん、晴れるよ。きっと」
「そしたら、またデートしようね?」
「うん、約束する」
僕らはもう一度、強く抱き合った。