「はん?」
キリンがやたらと物騒な顔をして言ってくる。
「作戦?」
俺は聞き返す。
「だから、千佳ちゃんとだよ」
「あぁ」
そういえば忘れてた。
16時に来るんだっけか?
「別に作戦なんていらねぇだろ」
作戦っつっても、どうせ実行しないんだろうし。
つーかこういう時の作戦なんて役に立ちゃしねぇんだ。
流れを決めて、どういう感じで話すのか決めて、それでナニが楽しい?
向こうが予想もつかない返答してきたら全て水の泡だ。
それにその千佳ちゃんとやらを俺は知らないしな。
「一応流れだけは決めとこうぜ」
こういうヤツだ。
「別に構わねぇけど」
こういう時のキリン相手に否定しきれる自信が無かった。
何しろ"あの"キリンだ。
むしろいちいち相手にしていては俺までキリン化してしまう。
「じゃあ、まずは…」
「ん?」
キリンを横目に、俺は辺りを見回した。
「あれ?」
いつの間にか悠が消えていた。
「どうした?」
キリンが言う。
「いや、悠がいねぇんだ」
「便所だろ。それでよ…」
何も言わずにいきなり便所に行くか?
つーかそんな簡単に流すなよ。
「………」
今自分がものすごく恥ずかしくなった。
"話"と"便所"の"流す"をかけて…。
…いや、それ以上は言うまい。
「でまぁ、全体的にはお前がリードしてくれればいいからよ」
というかホントに悠は何処行きやがったんだ?
ちょっと目を離すとコレだ。
別にシカトして行っちまってもいいんだけど。
「それでいいか?」
「え?」
キリンに不意を突かれた。
「聞いてろよ」
「悪い。で、何だ?」
「だからよ、話の主導権はお前が握っててくれていいってよ」
「あぁ、あぁ」
「それでいいよな?」
「あぁ、いいよ」
「投げやりだな」
「んなコト無い」
実際そうなんだけど。
「まぁ、なるようにすりゃいいかー」
最初からそう考えとけ。
「で、三菱は?」
「いや、いねぇんだ」
遠くを見ようと近くを見ようと、それらしきヤツは見当たらない。
この時間帯に制服のヤツはいねぇから目立つハズなんだがな。
「どうする?」
俺達は駅前に到着し、後は店に入るだけの形になった。
が、その店を知ってるのは悠だけ。
何故か取り残された男二人。
自然と腹が立ってくる。
「その辺入るべ?」
キリンが言う。
「そうだな」
なんともやりきれないので、同意する。
「あ、居た!!」
どこからともなく甲高い声がする。
「はん?」
その声がした方を振り向くと、案の定というべきか、悠が"てこてこ"と走って来ている。
「お前、何処行ってたんだ?」
「ごめんごめん!」
「俺等、店がわかんねぇからさ」
キリンが渇いた笑いと共に言う。
「あそこだよ!あの黄色いお店☆」
まぁ、言われなくても何となくわかっていた。
悠のお気に入りってのは、そのセンス…いや、直感というべきか。
例え店内がどんなに荒れ狂れていようと、外観が気に入れば何でも気に入るんだ。
で、その黄色いお店ってのは、見れば見ると不気味なくらい、
ある種その場においては浮いたモノとして存在していた。
「アレに入るのか?」
念のため聞いてみた。
「アレしかないじゃない」
そりゃもっともだわな。
「で、どんなモンが出てくるワケよ?」
キリンが言う。
考えれば何を食うか、もとい何が食えるのか聞いてなかったな。
「入ってからのお楽しみ〜☆」
こういう食えないヤツだ。
「まぁケーキでもピザでも何でもいいよ」
キリンが足早に歩き出す。
要するに今お前はピザを食ってデザートにケーキを食いたいワケか。
こんなにも単純なヤツを、しかも二人も抱えて、俺は無事メシにありつけるのやら。
「そういや、おい」
俺はキリンに話し掛ける。
「なんだよ?」
そう苛立つ気持ちもわからんでもないが。
「お前、金持ってんのか?」
俺の予想では札は持ってないとみた。
「おいおい、バカにするなよ」
そういうとキリンはポケットに手を突っ込み、何かを取り出した。
「コイツだ」
「何だそりゃ?」
500円玉一枚が無駄に輝いている。
「はぁ」
こうまで思い通りに展開されると滅入ってしまう。
「大喰らいの貴様が500円玉たった一枚で何をどれだけ食べるというんだ?」
「だから、こうしてお前がいるんじゃないか」
澄ました顔で言われてもな。
「おい悠」
「のーまねー☆」
「はん」
結局俺頼みかよ。
「あのなぁ、俺だってそんなに大金持ってるワケじゃねぇぞ?」
「いつも持ってるから大丈夫だろ」
「今持ってなきゃ役に立たねぇだろが」
まったくコイツわ。
「私、お皿洗いはイヤだよ」
金持ってねぇヤツが言えた義理か。
「じゃ、行くか」
俺は元来た道をそのまま進行しようとした。
「ま、待てっ!」
キリンが腕を掴む。
「なぁ後で返すからよ、頼むよ」
「うるせぇなぁ」
「ほら、三菱もお願いしろ」
「ぱぱぁー…」
「誰がパパだ!!」
やたらと腹が立ってきたぞ。
「タダメシ喰えるほどこの世の中は甘くねぇってこった」
ボシュッ
俺は単細胞生物二匹を見下しつつ、勢い良く煙をふかす。
…しかし、こんなコトで涙目になっている二人を見ると、何だかやるせなくなってくる。
俺が悪いワケでもねぇのに、何でだ?
「チッ」
舌打ちと共にタバコを吐き捨てる。
「わかった、ついてこい」
「さすが!!」
「お父様ぁ!!」
こういう甘い性格は直した方がいいのかもしれん。
…まぁいいや。
俺は諭吉を飛ばす覚悟で、黄色いお店へと向かった。