ChristmasScars




「お前は何の為に存在してるんだ?」

桐がヤケに冷めた面で言ってくる。

そんな眼で俺を見るな。

キモイとか以前に、貴様程度が俺を見下す権利は無ぇんだよ。

「なんだよ、だんまりか?」

桐は勝ち誇ったように煙を吸う。

無論、俺は黙ったワケでも何でもねぇ。

テメェと話してるだけで胸クソが悪くなってくるんだ。

「ま、お前を中心に世界は回ってねぇってこった」

「うるせぇんだよ、さっきから」

俺と桐は睨み合う。

コイツは中々眼光の鋭いヤツだが、俺だってその辺は負けねぇ。

テメェに負けを認めるくらいなら、ドブの水でもナメてた方がまだマシだ。

第一、俺は負けてねぇ。

いや、勝ち負けの問題以前だ。

さっきからヤケに突っかかってきやがると思ったら、ケンカのつもりか?

「お前はよ、そういう性格直した方がいいぞ」

「テメェに俺の何がわかるってんだ」

「あぁ!?お前みたいなチャラチャラした野郎に言われたかねーな!」

「誰がチャラチャラしてんだよオイ」

「お前以外にいねぇだろがボケ!」

つまらんガキのケンカみたいだ。

俺はこんなコトで体力・精神力共に使いたくねーんだ。

大体、何でさっき会ったばっかのコイツにこんなコト言われなきゃいけねーんだよ。

俺が何かしたか?

性格を直した方がいいとか、まるで俺のコト何でも知ってるかのような口ぶり。

何がだよ、知ったか野郎のクセに。

それとも、俺には家族がいねぇコトを知ってて言ってんのか?

だとしたらコイツは殺すしかねぇぞ。

親をバカにしたからとかの問題じゃねぇ。

俺自身の問題だ。

俺という存在を否定するヤツは許さねぇ。

「お前はイイヤツだと思う」

「は?」

何だよ、それ。

イイヤツって、ナニ?

「きっと俺とお前が組めば、天下統一も夢じゃねぇ」

桐はどこか遠くを見つめながらつぶやくように言う。

ナニ?ナニなの?ナニが言いたいワケ?

「お前、俺の名前知ってるよな?」

何なんだコイツ。

ヤクでもキメてんのか?

さっきまで俺のコトを否定していたクセに、いきなりイイヤツとか、天下統一とか。

俺にはまるで理解出来ん。

「キリンだろ?」

「バカヤロウ!桐だ!桐 和彦!」

「テメェは長ったらしい神経してるから、キリンでいいんだよ」

「そうか?」

そんな、真顔で聞き返すんじゃねぇよ。

本格的に気味悪いぞコイツ。

「まぁよ、キリンでもゾウでもいいから、ヨロシクな!」

「はぁ?」

「だから、握手しようぜっ!」

何でこういう展開になるんだ。

普通、あそこまでいけば殴り合いの一つでもして、そんでオシマイだろ。

それが何だよ、コレ。

意味が全然わかんねぇよ。

「ほら」

キリン野郎は俺の手を勝手に握り、ブンブンと上下に振る。

「ナニが言いてぇかわかんねぇよ」

「そうか?」

「あぁ」

だが、可笑しい。

今までこんなヤツ見たコトも聞いたコトもねぇ。

いきなりケンカ売ってきて、さて殴るのかと思えば、握手。

いや、待てよ。

新手の勧誘なのかもしれない。

俺がパニクってるウチに座布団でも購入させようって腹なんだ。

キャッチセールスは勘弁だ。

「んなワケねぇか」

バカバカしくなる。

「何がよ?」

キリンが真剣そのものの表情で訊いて来る。

「何でもねぇよ」

「ふーん、まぁいいや」

わかった。

コイツ、何も考えてねぇんだ。

動物的本能みたいなモンだけで動いてんだ、きっと。

その場のノリみたいな感じで。

でも、じゃあ何で最初俺に突っかかってきたんだ?

そもそも体育館裏って言ったら、ケンカか告白のどっちかじゃねぇか。

……あ。

俺、もしかして今両方ともクリアしたのか?

「何情けねぇ顔してんだ?」

能天気なキリンが言う。

「俺を汚すな」

「あ?」

いくら俺でも、そんな趣味は持ち合わせてねぇんだ。

頼むからそういう亜空間を展開するのは他のヤツにしてくれ。

俺はまだそんな味知りたくない。

いや、これからずっと先も知りたくねぇんだけど。

「で」

キリンは指でタバコを弾く。

「何の為に存在してるんだ?」

一番最初まで掘り返しやがったな。

「そんなコト、俺に聞かれても困るんだよ」

俺はキリンのコトなど眼中に無く、ゆっくりとタバコに火をつける。

「何が困るんだ?」

「だから、そんな真剣に言われても困るっつってんだ」

「じゃあ真剣じゃなくてもいい」

「アホか」

付き合ってられん。

「わかった、質問を変えてやる」

そんなコトしなくていいから、とっとと消えろ。

「お前は、自分が生まれてきたのか、生まされたのか、どっちだと思う?」

「後者」

俺は何のためらいもなくそう言う。

俺が生まれてきたコトに俺の意思はねぇ。

だから、自ら生まれてきたなんて死んでも思いたかねぇよ。

「で、何だよ?心理テストか何かか?」

「…お前、実際寂しいヤツだろ?」

そのキリンの一言にカチンとくる。

「寂しくて悪かったな。どうせダチもいねぇよ」

俺はふてくされるように地べたに座り込む。

同時に、タバコも投げ捨てる。

「いやいや、ネガティブなヤツだってコトよ」

「そうかよ」

「まぁお前にだって親とか兄弟とか居るだろ?何事も前向きに……」

「いねぇよ」

「え?」

「そんなモン、生まれた頃からいねぇよ」

春の風が冷たくなびく。

5月に入って暖かくなったと思えばコレだ。

…所詮そんなモンだ、人生だって、何もかもだって。

「そうか」

「だから寂しいヤツなんだよ、俺は」

皮肉に近い言葉を放ってやる。

「だから後ろ向きな人生なワケだ」

「そういうコトだ」

コイツに対して怒るのもいい加減バカバカしくなってきたので、発言は流す。

そう、誰にだってそうだ。

誰か特別っていう人間なんて居ねぇんだ。

俺という世の中には、俺しか居ねぇんだよ。

「来いよ」

ふと見ると、キリンは体育館の裏口から中に侵入しようとしていた。

「帰る」

「いいから来いって」

どうでもよくなった俺は、本当にどうでもいいって顔してキリンに続く。

「見ろよ」

ガランとした一面。

部活なんかが始まればさぞかし騒がしいんだろうが、

俺とキリンの二人しか居ない空間は、とても閑静で、どこか居心地が悪い。

「何か、イヤだろ?」

「何がだ?」

「こういうトコって」

キリンは俺の思っているコトをズバリ当てた。

俺は今すぐにでもここから出て行きたいと思っていた。

もしこの場にキリンが居なければ、俺はとっくに学校の敷地内から去っている。

「お前の言ってるコトが本当なら、この空間はお前自身だよな」

「何言ってるかわかんねぇよ」

「孤独ってコトだ」

なるほどね。

要するに、俺は回りからそういう風に見られてるワケだ。

そこに居るハズなのに、何も無い。

ただ在るのは存在だけで、カタチとして残っているモノは何一つ無い。

確かに、親も兄弟も友達もなーんも無ぇ俺とお揃いの場所だわな。

バカにされてる気がして納得したくないが。

「まぁ、何もなくても、そこから始めればいいんじゃねぇの?」

そこから始める?

「スタートする地点はゼロなんだからよ、だったらどっから始めてもゼロってコトだろ?」

「あぁ」

「そういうコトだ」

肝心なトコを言わねぇのがコイツだ。

だから能天気なおバカさんに見えるんだよ。

「まぁよ、孤独者同士、仲良くやっていこうや」

キリンが一瞬寂しそうな表情をする。

「お前もか」

類は友を呼ぶとか言うしな。

しかし、キリンが俺を見てナニを思ったのか、ようやくわかった。

要するに、俺のダメオーラを見て、一瞬で同じ種類のヤツだって察したんだろ。

初っ端から突っかかっていくっていう方法は好めないがな。

「ゼロ同士なら、やってけんだろ?」

「それもそうだ」

俺とキリンはジッとそこに立ち尽くしてた。




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