出会いと別れ第2章




辺りは畑や田んぼだらけ。

この地域を表す単語といえば、もはや「田舎」だけだろう。

付け加えれば「地獄」ともとれるが。

そして何より、暑い。

こう暑いと、暑いというより熱いに達する勢いだ。

「はぁ・・・」

しかし、今はどんなに暑くても歩くしかない。

唯一の移動手段の列車が、この暑さによって・・・かどうかは知らないが、

ぶっ倒れてしまったからだ。

「はぁ・・・」

出るのは溜め息ばかり。

というより、溜め息が出ない方がおかしい。

微妙に高い金取られた挙句、何故歩かなければならないのか。

・・・まぁ、俺が歩き出さないでその場で待ってたら、

こうはならなかったのだろうけど。

「ま、夏は長いし、気長に行きますか」

でも、どれだけ歩けば着くんだろうか・・・。








気が付いたら俺は倒れていた。

動こうとしても、まったく動けない。

気分は最悪だ。

ノドも渇いた。

こうやって意識がある分、ある種地獄の様な感じがする。

・・・とても情けない。

「誰か・・・」

助けを求めてみる俺。

「・・・・・」

わかっている、わかっているんだ。

こんな所じゃ、人っ子一人通らない事を。

「長崎に向かっていて、何でこんな所でくたばってるのだろうか・・」

自業自得だ。

あと一日、いや、半日経って誰も来なければ、俺は死ぬだろう。

暑さとノドの渇きによって。

「無様だな・・」

不意に辺りが歪む。

意識が遠のいていくようだ・・。













「なぁ」

「何?」

「こうやって自然に身を任せてぼんやりするのも、悪くないだろ?」

「そうね。夏だっていうのに、全然暑い気がしないし」

「だろ?俺が独自に考えた、愉快な夏の過ごし方だ」

「あははは!なーにが愉快な夏の過ごし方よ」

「笑う要素は一つも無いぞ」

「笑う要素だらけじゃない」

「そうか?」

「アンタはいつもそうよ」













「・・・」

暗い空間。

目の前は何も見えない。

だけど、何やらひんやりした感じがする。

そういえば、意識も戻ったようだ。

「大丈夫・・・か?」

「ふぁ!?」

ガバッと立ち上がる俺。

「ど、どうした?」

目の前には・・・圭?・・いや、女の子が俺の目を玩味している光景がある。

「ここは・・・?」

何も掴めない。

何故この女の子が俺の側にいて、俺はこんな暗い空間で佇んでいるのか。

・・・佇んでるって表現もおかしいな。

「道端で寝っころがってたから、ここまで運んできた」

ね、寝っころがって・・・?いや、確か俺は倒れていたのだが。

「動けそうだな・・・それじゃ」

「あ・・・」

そう言うと、女の子は何処かへ行ってしまった。

「礼も言ってないのだが・・・」

田舎の方の人は親切なんだが、親切を受けるというのには無関心なのか。

「でも・・・」

俺は彼女のおかげで死なずにすんだと思えば、まぁ何も文句は言えないだろう。

こころなしか、喉の渇きも失せた。

体温も充分に下がった。

「ありがとう」

一人そう呟いて、俺は歩き出した。













歩き出した。それはいい。

だが、太陽もオレンジ色になって、意識を失う前と場所も違うときたもんだから、

方向感覚が掴めない。というか、最初から掴めてなかったが。

「参ったな・・・」

これでは助けてもらう前とほとんど一緒の状態だ。

しかも夜になれば真っ暗な路上。

歩くこともままならないだろう。

人が偶然通って偶然助けてくれるとは限らないし。

「どうしたものか・・・」

と、その時。

「・・まだ、いたのか?」

「君は・・・さっきの!」

さっき礼も受けずにスタスタ行ってしまった女の子だ。

「良かった、これで助かるよ」

「・・何がだ?」

「いや、右も左もわからないまま放置されてたから、困っていたんだ」

「・・そうか」

ヤケに冷めている。

まるで他人事の様に俺の言葉を流していく。

「あ、いや、その・・・良かったら助けてくれないか?」

やたらと気弱そうになる俺。

「・・・具体的に何をすればいい?」

一応助けてくれるみたいだが・・・。

「とりあえず、今晩寝れる所が欲しいのだが」

「・・・助ける義理は無い」

やはり現実は甘くないようだ。

「別に君の家に泊まらせろとは言わないさ。ただ路上だとゴツゴツして寝にくいのでな」

「・・・フフッ」

「え?」

「面白い事を言う男だな」

俺は決して面白くない。すごいマジなのだ。

「いいだろう、こっちへ来い」

「あ、あぁ」

この子の気はよくわからんが、とりあえずは助かるかもしれない。

・・・あくまで、かもしれない、だが。









20分ほど歩いた。

日は既に落ち、目の前5m先は薄暗くよく見えない状態。

しかし、あの子はたじろぎもせずズンズン進んで行く。

「何処まで行くんだ?」

不意に尋ねてみた。

「場所を知らないのだから、どこもかしこも無いだろう。黙ってついて来い」

冷めている。いや、冷めすぎだろう。

言ってることは彼女的には正しい方向ではあるが、 これでは優しいんだか優しくないんだかサッパリわからんぞ。

・・・まぁ、あんまり悪く言える立場ではないが。

「ここだ」

「ここ、って・・・」

この子が指した場所は、周辺には数少ない一つの民家。

お世辞にも俺の住んでる場所よりいいとは言えない。

「しかしまぁ、文句は言えないか」

いざとなったら開き直って道ばたで寝てやろうかと思ったぐらいだ。

屋内に寝かせてもらえるだけで本望だろう。

「私の家だ」

意外な一言を発するお嬢さん。

「私の家・・・って、入れさせてもらっていいのか?」

「大丈夫だ」

その言葉の自信はどこからくるのやら。

「安心しろ。取って食ったりはしない」

「当たり前だ」

「フフッ。まぁ、上がりな」

時々見せるその笑顔、何故か引っかかる。

無理に作った笑顔みたいで、悲しげだ。

「・・気にすることでもないか」

俺は遠慮しながら、彼女の家に入っていった。








「そういえば、家族はいるの?」

「知らん。居たり居なかったり、色々だ」

この子の性格も色々だ。

ガチャッ

「ただいま」

彼女がポツリと呟くように言う。

誰にも聞こえないくらい、小さな声で。

・・・反応は無い。どうやら誰も居ないみたいだ。

「居ないみたいだ・・・ね?」

「そうだな」

「迷惑かけないで済むな」

「安心しろ。家に入った時から既に迷惑だ」

サラリとキツい言葉をかましてくれるな。

「迷惑だったら出るけど?」

冗談半分で言ってみた。

「・・それでいいなら構わないが?」

通用しないらしい。

「すまん、冗談だ。本当は心底泊めてほしいと思っている」

「最初から素直になっておけ。・・・フフッ、面白いヤツだな」

今の会話に面白い要素がどこにあったのだろうか。

やはりこの子の思想はよくわからんぞ。

「ほら、玄関に突っ立ってないで、上がったらどうだ?」 「あ、あぁ。お邪魔する」






「・・お前、飯は食べたのか?」

「いや、朝から何も食っていない」

おかげでお腹のカミナリ様も大激怒だ。

・・・あんまり減りすぎて何も鳴らんがな。

「だろうな。顔を見れば貧しいのがよくわかる」

大きなお世話だ。

「私の手料理で良かったら、ご馳走させんでもないが?」

「誰の手料理だろうが助かる。是非頂きたいな」

「よし、少し待っておけ」

中々モノ分かりが良いというか親切すぎるというか、

何だかんだ言って優しいじゃないか。

「しまったな・・」

台所らしき所で彼女が呟いている。

「何がしまったんだ?」

「今日お前を助けてやったおかげで買い物に行きそびれた。だから材料が足りんのだ」

きわどいところで優しくないな。

「そりゃ良いんだか悪いんだかわからないな」

「悪いと言えばそれまでだがな。まぁある物で何とかしよう」

分かったぞ。

この子は優しさと意地悪さが半々で出来ているのだ。

時々イジめて時々親切にする。

・・・何か人間らしいとは思えんぞ。

「一通りの物は置いてあるから、まぁ時間はかからんだろうな」

親切だ。

「言っておくが、味の期待はするな。私は料理が苦手だ」

親切そうだが、意地悪だ。

おそらく、出来上がった料理はとてつもなく美味しいのであろう。

そういうオチをかましてくれるのがこの子の良い所だ。

・・・でもまだ安心したわけじゃないぞ俺は。

「すまないな。宿まで借りてメシまで作ってもらうなんて」

「貸しにしておく。いつか返せばいい」

「そうするよ」

「・・・フフッ」

何がおかしい。

「お前は面白い奴だ。一晩と言わず、二晩三晩と泊まっていったらどうだ?」

「・・それは無理だ」

「何故だ?」

「迷惑がかかる」

「迷惑ではない。私のヒマ潰しにはなるからな」

それは逆に俺が困るが。

「それに、アテもなくただ歩いてたわけじゃないんだよ」

「そうなのか?ただの旅人だと思ったが」

まぁ、言っちゃえばそれ以上でもそれ以下でも無いんだがな。

「とりあえず、今夜一晩寝かせてもらったら、早朝にここを出るつもりだ」

「何か大事な用でもあるのか?」

「・・そうだな」

「・・・・・」

そう、俺は圭に会いに行く為に、長崎へ向かっている途中なんだ。

彼女の親切もありがたいが、やはり俺は行かなくてはならないのだ。

行かなくては・・・か。

そういう気が、俺を焦らすのだろうか。

いや、違う。

ただ単に、ただ純粋に、俺は圭に会いたいだけだ。

「おい」

「あ、え?」

「出来たぞ。ボヤっとしてないでさっさと食ったらどうだ?」

「あ、あぁ。ありがとう。いただくよ」

このメシの名前は、俗に何と言うのだろうか。

今まで見てきたことが一度も無い。

・・・食ってからのお楽しみというところか。

「ふむ・・・」

腹が減っていた俺は有無を言わず口に運ぶ。ズバリ美味しい。

この一品だけで店を立てられる程うまい。

ひょっとして料理かなんか習っているのではないか?

「すごいオイシイぞ。料理の天才なんじゃないか?」

「・・・褒めても何も出んぞ」

出そうな勢いだが。

「いや、本当にウマイよ。今まで食った料理の中で一番ウマイかもしれんな」

「よ、よせ。照れるだろうが」

照れるという感情があったのか。

確かに、ちょっと顔をうつむかせて、頬がちょっぴり赤くなりはじめている。

・・・感情がすぐ顔に出るタイプだな。

「いいお嫁さんになれると思うよ」

「だ、だからそんなに言うな。まったく、お前の欲しい物は一体何だ?」

「別に欲しい物など無いが?」

「物をせびろうとして言ったんだろう?」

「まさか。本心だよ」

「・・・さ、さっさと食ってくれ。気がおかしくなってしまう」

中身はとても純粋な少女らしい。

「私を褒めたのは、アンタが初めてだよ」

「そうか?」

「あぁ。私は小さい頃から嫌われて、誰からも褒め言葉などもらったことは無いからな」

中々悲しい過去を持っているじゃないか。

「褒め言葉ではないが、親に一つもらった物はある」

俺は食べ物を口に運ぶ仕草をゆっくり繰り返しながら聞く。

「これだ・・・」

彼女が取り出したものは、一つの麦わら帽子。

しかし、その麦わら帽子は、茜色に染まっていた。

不気味って言っちゃえば不気味だな。

「色が変じゃないか?」

つい思ったコトを口にする俺。

「変ではない。元からこんな色をしているのだ」

ウソをつくなウソを。

麦色をしているのが麦わら帽子だろうが。

これは麦わら帽子の形をした、ただの茜色の帽子にすぎん。

だが、何か懐かしい感じと、寂しい感じが漂う。

「変なのは・・・私の方さ」

おもむろに顔を伏せる彼女。

麦わら帽子を手にとって見ると、丁度その裏っ側の方に“アイリ”と書かれていた。

「これは、君の名前か?」

「・・・そうだ」

「中々珍しい名前だな。俺の地元にはこんな名前のヤツはいないからなぁ」

「中身も伴って珍しいから嫌われるんだ」

場が一瞬凍る。

目の前に居た俺でさえ、何が起こったのか理解出来ていない。

嫌われ・・・?何が、誰が嫌われるんだ?

「・・・今日は喋り過ぎた。食器を片付けたら寝ることにする」

彼女は俺の食べ終わった皿をさっさと持っていって、洗いに入る。

「寝るのは構わんが、俺は何処で寝ればいい?台所か?玄関か?」

茶化すように俺が尋ねる。

「あいにく人が寝れる場所は一つしかない。私と一緒に寝るんだな」

人が寝れる場所?一つしかない?

ど、どういうことだ?

「お前は早寝は嫌いか?」

いや、その前に、彼女と一緒に寝る・・・って!?

「お前が住んでる場所から見れば、おそらくここはそのまんま田舎だ」

い、いかんぞ、頭がパニック状態に陥ってしまった。

「田舎の人間は働くくらいしかヒマは潰せん。することが全く無いんだよ。笑っちまうだろ?」

この子は慣れているのか!?しかし俺は圭でさえ一緒に寝たことがあるのは小学生とかまでだぞ!?

「・・どうした?」

「えっ!?」

テンパる俺。

「私の話を完全無視していたようだな。気にくわん」

「い、いや!無視なんかしてないぞ!?ちゃんと聞いていたさ!」

「別にどっちでも構わんがな」

じゃあ言わせるなよ。

「まぁそういうことだから、私は寝るぞ。お前はどうする?まだボーッとしてるか?」

「・・いや、俺も寝かせてもらおうかな。今日は色々あって疲れた」

「そうか。では、こちらに来い」

下心が無ければ、だ、大丈夫・・・だろうか?









「どうした?もっとこっちに寄れ」

俺が連れて来られたのは、何かと狭くて、本当に人が一人寝れるくらいの部屋だった。

この部屋に来る前に色々辺りを見回したのだが、確かに寝れる場所など無かった。

・・・困ったものだ。

「何を突っ立っているのだ?」

それにしても一番困ったのは、このアイリとかいう女だ。

男と女が同じ場所で寝るということに抵抗は無いのか!?

それとも、ただ俺が、何だろう、今でいう“時代についていけてない”人間なのか?

・・・まぁそんな話はどうでもいい。

「・・ひょっとして、私と一緒に寝るのが不服だというのか?」

「い、いや、別にいいんだけどさ・・」

「ならばさっさと来い。あと10秒で来なければ私は寝るぞ」

それもそれで困る。

「仕方ないか・・・」

俺は腹をくくって失礼そうに布団にもぐっていった。

「他人行儀だな」

「ブッ!あ、当たり前だ!」

「もっと楽にしろ。道で拾ってやった時の方が良い顔をしていたぞ」

不意にこちらを向くアイリ。

一瞬、俺はドキンとしてしまった。

「そ、そうか?」

「今は、なんだかギコちなさすぎる。おかしくて吹き出しそうだ」

悪かったな。

「まぁ気持ちはわからんでもない。私はお前と違って普通の人間ではないのだからな」

「えっ・・?」

確実に時が止まる。

今まで俺は、こんなタイプの人間を見てきたことが無い。

悲観的というか、被害妄想が強すぎるというか、負のパワーが強すぎる。

アイリの体全体からは、まるで死人の様なオーラが漂うのだ。

・・・ちょっと怖くなってきたぞ。

「ど、どういうことだ?」

俺は焦りつつ聞く。

「どういうことも何もないだろう。ただ普通ではないだけだ」

確かに会った当初から普通という感じはしなかったが。

「そんなに驚かれても困る」

「悪かった」

「フフッ・・・」

「な、何がおかしい?」

「謝る必要は無い」

「どうして?」

「私が変であるということは私にとっては普通なのだ。変と言われようと、私はどうもせん」

「おかしな女だ」

「だから変だと言ったのだ」

「ハハハ・・」

「何故笑う?」

「面白いから笑っただけだ」

「フフッ・・・」

「な、なんだよ?」

「お前も面白い男だ」

「そうか。言われてみればそうかもな」

「言われる前からそうだったのであろう」

「やかましい」

「フフッ・・・」

他愛も無い話を繰り広げる俺とアイリ。

端から見ると、まるでバカップルのようだ。

「なぁ?」

アイリが聞いてくる。

「お前には、その、こ、恋人はいるのか?」

何故どもる。

「どうだろうな」

「いないのか!?」

目をハッと開き俺に寄ってくるアイリ。

まるで俺は、いてもいなくても「いない」と言わなくてはならないような状況だ。

・・・実際恋人はどこからどこまでが恋人なのかがわからんが。

「好きな人はいるけどな」

「そ、そうなのか」

「まぁ、そいつはどっか遠い所へ行ったまま音沙汰無いし、どーしようかなと思ってるが」

「・・・・」

そう、圭からは連絡が一切来ないのだ。

連絡が来ない・・・?

「そうだ!」

「な、なんだ!?」

俺は封筒のコトを思い出し、バッグに手を伸ばした。

中をゴソゴソ探していると、一つの封筒が・・・無い。

「ど、どこにいった!?」

封筒が無い!つまり住所がわからない!

「もしかして・・・落としたか」

俺はガックリ膝を落とした。

唯一の手がかりである封筒をなくしては、もはや圭に会うのは至難であろう。

「・・ど、どうしたのだ?」

「俺はもう・・・ダメかもしれない」

「何がダメなんだ?」

「何もかも・・・」

「・・・話が掴めんな。事情を話せ」

「・・・ああ」

俺は情けない顔をしながら、アイリに全てを話した。












「・・なるほどな」

「笑いたかったら笑え」

「アハハハハ!」

本当に笑うか。

「それにしても、納得がいかないというか、おかしな点があるぞ」

「何だ?」

「電車が倒れたからって、何故歩き出したのだ?」

「それは・・・」

「ちゃんと待っていれば、助かったのかもしれんぞ?」

「確かにな」

「客だってお前一人ではないはずだ。もっと冷静に考えて行動するべきだ」

「・・・はい」

「フフッ。いや、まぁ、な」

何がだ?

「ただ、お前がそうしてなければ、今頃私と出会う事もなく、もう目的の地に着いていたかもしれんな」

「あぁ・・・」

「・・・本当は、今にも行きたいのだろう?」

「・・・あぁ」

「そうか・・・で、でもまぁ、今日は色々あって疲れただろう?」

「そうだな・・・」

「なら、休んでいった方が良いに決まっている!」

だから休んでんだろうが。

「・・・浮かない様だな」

「そうでもない。今の状況もそれなりに楽しいさ」

「楽しい・・・?」

「こうして、見知らぬ地で、見知らぬ人と過ごす・・・何か、ロマンティックじゃないか?」

「そう・・だな。そうだな!」

「そうだろ?ハハハ、何か運命的なものも感じるしな」

「運命・・・」

・・・しかし、俺はこの地に留まるワケにはいかないのだ。

大切な人を追いかける為、俺は必死で走っていかなきゃならない。

「とりあえず、今日はもう寝よう」

「そういえば、結構時間も経ってる・・・」

「あぁ」

「こんなに近い位置を保ちながら・・・」

「え?あぁっ!」

言われて気付いたが、俺はアイリとほぼ零距離で話し合っていたのだ。

言い表すと、互いの鼻先がくっつくかくっつかないかって所だ。

というか、いつの間にかアイリの手が俺の腰に回っているではないか。

「アイリ・・・」

俺が手をどけようとすると、

「イヤ!離さないで!」

と、それを拒む。

「ど、どうしたんだ?」

「ツラいの・・・淋しいの・・・重圧に押し潰されそうで・・・!!」

アイリが俺の胸をきつく抱きしめてくる。

「ま、待て。一体どうしたんだ?」

「お願い!今はこうしていて!!」

「しかし・・・」

俺は正直困った。

何故いきなりこうなったのか、何故いきなり抱きついてきたのか、

それらの根拠がサッパリわからないからだ。

「良かったら、話してくれないか?」

「・・・あぁ」

きっとアイリには、何か過去がある。

そう踏んだ俺は、とっさに今の言葉を出した。

「話すより、伝えた方が早いと思う」

意外な答えが返ってきた。

「伝える・・・って?普通に話すんじゃないのか?」

「想いは言葉を超えて相手に伝わる・・・」

いまいち掴めない。

「どういうことだ?」

「・・・しばらく目をつぶって」

アイリを疑いながら、きっちり目を閉じる俺。

「・・・・・」

妙な気分になってきた。

辺りが揺れている・・・。

あ・・・・・。























何処だここは。

何も無い草原。

地平線の向こうまでもが、ただっ広い草原。

「お母さぁぁぁん!」

うん?

「どうして行っちゃうの・・!?」

小さな女の子が、泣きながら叫んでいる。

「私を置いてけぼりにして・・・」

「アンタなんか、生むんじゃなかったよ!」

その子の母親らしき人も、怒鳴っていた。

「どうして?どうしてなの!?」

「アンタのせいで、私は・・・こんな罪を背負わなければ・・・」

「私が何をしたって言うの?」

「・・アンタ、自分がした事、わかってないの!?」

「わからないよ。アイリ、子供だよ?」

アイリ?

とすると、あの子はアイリで、向こうの人がアイリの母親か?

「アンタはね・・・何百人という人間を殺したのよ・・・」

!!!

何だって・・・?

「人間って、殺しちゃいけないの?」

アイリは、キョトンとした顔で母親を見ている。

が、母親の顔は真っ青だ。

「アイリ・・・アイリィ!!」

母親は泣き崩れてしまった。

いや、泣き崩れない方がおかしいであろう。

しかし・・・。

「どうしたのお母さん?」

「・・アンタの名前のアイリってのはね、愛李って書くんだよ」

「愛李?」

「コレはアンタが二歳の時に、よく李(あんず)を好んで食べてたから、この漢字を当てたの」

「わかんない・・・」

「でも本当はね、李は酸っぱかったり甘かったり、色々あるじゃない?」

「わかんないよ・・・」

「人も同じで、皆違う、色々な個性を持っているの」

「お母さん・・・」

「李も人も、違う種類はあっても、同じものなの」

「ダメ・・・わかんないよ・・・」

「そんな、人を愛して欲しい、どんな人でも愛して欲しいって思って・・・」

「お母さぁぁぁぁぁん!!!」

その刹那、アイリが母親に向かって走り出した。

「アイリ・・・!!」

バシュゥゥゥゥッ!!!

俺が見た光景は、アイリの腕が母親の胸を貫通しているという、ありえないものだった。

「お母さん・・・わかんない・・・」

「あぁ、アイリ・・・」

「・・どうしたの、お母さん?赤い水が、いっぱい出てるよ・・・」

「アイリ・・・お母さんの言うコトを・・・聞いて・・・・・」

「・・・なぁに?」

「もう・・・人を殺しちゃ・・・・ダメ・・・・・よ」

「わかんないよ・・・」

「フフッ・・・それでもいいわ・・・・・」

「何がいいの?」

「サヨナラ・・・」

ドサァッ!!

アイリの母親は、全身血まみれのまま、倒れ、動かなくなった。

「お母・・・さん?」

アイリ・・・。

「みんな・・・アイリから離れていっちゃうんだね・・・」

違う・・・。

「私は・・・」

俺は・・・。























「うっ・・・」

目を開けると、アイリがジッと俺を見ていた。

「誰が途中で目を開けろと言った・・?」

「いや・・・すまん」

「フフッ。・・・まぁ、大体私というものがわかったであろう?」

「あぁ、中々可愛い少女だったじゃないか」

「茶化すなよ」

ヤバイ、マジになって見てる。

「母親を・・・」

その後の、殺したのか?という言葉が出てこなかった。

「あぁ・・・」

だが、伝わったらしい。

「どうして?いや、その前に今のは何だ?よく掴めないのだが」

「言っただろう。想いは言葉を超えて伝わるとな」

「そんなバカな・・・」

だが、実際俺は、その想いとやらを見てしまったのだ。

だから、否定する事は出来ない。

「バカではない。事実だ」

「・・・何とも言えんな」

しかし、恐ろしい。

母親を殺し、こんな事が出来る。

いや、母親は確か言っていた。

「アンタはね・・・何百人という人間を殺したのよ・・・」

母親だけでなく、おそらく無差別であろう的な数量だ。

その殺した側の人間と寄り添っていて、怖くないワケがない。

・・殺した事も、想いを伝えた事も、どっちも同じくらい怖い。

ありえないのだ。

あってはならないのだ。

「何故・・・」

予想以上に怖かったのか、声が震えてそれ以上出ない俺。

「もう一度・・・」

通じたのか通じないのかわからないが、アイリの言う事はわかった。

もう一度、目を閉じれば・・・何かがわかるのかもしれない。

それがもっと怖い事でもいい。

今はただ、この恐怖から逃げたいのだ。

俺はとっさに目を閉じた。

力強く・・・。

そして・・・。























「君、アイリちゃんだね?」

「うん、そうだよ?」

目の前には、幼い少女と、一人の若者が映っていた。

「いいかい、お兄ちゃんの言う事をちゃんと聞くんだよ?」

「うん。でも、お兄ちゃん、誰?」

「僕かい?」

「ううん、後ろにいる大きい人」

若者の後ろを見渡すと、そこに人影はない。

「はは、後ろに誰かいるかな?」

「うん」

「そうかー。それはどんな人かな?」

若者が笑顔交じりに問う。

「・・・」

「うん?」

「・・・大いなる大地に飛び交う、死者の想い」

・・・何?

「チッ!」

若者が笑顔を怒顔に取り替えて、舌打ちをする。

「やっぱり、君には死んでもらわなくてはならないなぁ」

何だと!?

「死ぬのは・・・アナタ」

「はん?」

一瞬の内だった。

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

若者が悲鳴を上げた。

「サヨナラ・・・」

アイリの腕が、若者の、ちょうど心臓の辺りを貫いたのだった。

「私は死ぬ訳にはいかないの。大切な人が、待っているから・・・」

アイリが腕を引き抜いたその刹那、若者は難なく倒れた。

「ここも・・・そろそろ潮時ね」

腕に、まるで取り付いた霊のような血をパッと払うと、アイリは歩き出した。

「私の居場所は・・・」

待てアイリ。

「ここではない・・・」

大切な人って・・・?

「・・・・・」

その前に、君は・・・。

・・・・・。























「アイリ!」

目を開けると、やはりアイリが俺を見ていた。

「私は・・・」

「どうして・・・」

人を殺すんだ?

「大切な人が・・・」

「その大切な人って?」

「・・・・・」

「黙ってたらわからない!」

「・・・ごめんなさい」

アイリが、やや涙目で俺の眼(まなこ)を見つめている。

「あ、いや・・・悪い」

ついカッとなってしまった。

「いいの・・・」

良くない。

「だって・・・」

俺が悪かった。

「そんな事ない・・・」

もう何も言わないよ。

「最後に、もう一度だけ・・・」

いつしか俺達は、言葉を忘れて、お互い想い合っていた。

どうすれば伝わるとかじゃなくて、ただ想っているだけなのだ。

それで、俺達は通じ合えるのだ。

俺は目を閉じて、アイリに身を委ねた。

・・・・・。























暗い空間に、ロウソクの灯りがあった。

「・・・グスッ」

一人の少女が、涙を流しながら、静かに泣いていた。

「・・・だよねぇ」

遠くの方から声が聞こえる。

「例のあの人殺し、アイリっていうんだっけ?」

「そうそう、なんでもあの人の娘さんらしいよ」

あの人・・・?

「そうなんだ。そりゃ人殺しになっても仕方ないよねぇ」

「全くよ。でも、物騒な事だわね」

「警察は動かないのかな?」

「ヘタに動いたら、自分のクビを落としちゃうからね」

どういう事だ?

「警察より権力持ってるからなぁ。でもそしたら、一生野放しって事か?」

「残念だけど、そうでしょ。まぁ誰かが殺してくれるっていうのなら別だけどね」

・・・・・。

「よっしゃ、俺がいっちょこの刀で切り刻んできてやるよ」

「アンタには無理よ」

「なに〜!?」

やがて、声は通り過ぎていくかのように消えていった。

「もうイヤ・・・」

アイリは呟く。

「なんで私が・・・もうイヤ!」

泣きすぎたのか、ガラガラになった声で叫ぶアイリ。

「・・・・・グスッ」

よく見渡すと、ここは家の中のようだ。

電球の明かりは灯っていなく、ロウソクだけが妖しく光っている。

・・・もしかして、ここはアイリの家か?

「ここです!」

外が騒がしい。

「ここに、ここにあるんです!」

「なるほど。では、すぐに調査をいたしますか?」

「ええ、なるべく早くお願いしますよ!」

「わかりました。では、人手を集めるので少々御時間を」

何やら、男二人が家の外で喋っているようだ。

「やめて・・・」

アイリが嘆く。

ふと、アイリの姿が消えた。

バタンッッ!

それと同時に、ドアが勢いよく開いた。

「探せ」

「はい!」

男が十人ばかりであろうか、家の中に侵入してきた。

家具を投げ、棚を削り、まさしくその光景は破壊である。

「まだ見つからないのか?」

「何処を探してもありません!」

「チッ・・・それじゃあ先方に申し訳がたたないだろう!」

そう言うと、黒い服を纏った男が、一人の男の腕を切り落とした。

「ウギャァァァァァァァァァァ!!!」

「な、何事です?!」

「なに、よくある事故ですよ」

「それより、例のモノは?」

「それがどうやら、ここには無いらしいんですね」

「そうか・・・じゃあ、次の場所へ移りましょう」

「他に場所が?」

「ええ。ここに無いなら、あそこしかありませんっていう場所がね」

「なるほど。では、急いで行きましょうか」

「えぇ、お願いします」

男達はぞろぞろと家から出ていった。

その後、家の前にはアイリが一人立っていた。

「もうイヤ・・・」

そう言うと、アイリは家の中に入り、慣れた手つきで死体を片付け、家具等も綺麗に直していった。

「・・・・・グスッ」

ふとアイリの頭の方を見ると、アイリは帽子を身に付けていた。

「お母さん・・・」

その帽子は、所々赤く染まり、今も尚、何粒もの涙の雫で濡れていった。

・・・あの茜色の帽子は、血だったのか。

・・・・・。























気が付くと、俺は涙を流していた。

「ごめんなさい・・・」

アイリが言う。

そのアイリの頬も、キラキラと輝いている。

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・!」

謝らなくてもいいんだ。

「でも私・・・!!」

もういいんだ。

「・・・・・」

もう、恐れる事など無いんだ。

「でも・・・」

「今は俺がいる」

そう言った瞬間、アイリの瞳から大量の雫が溢れ出した。

「あぁ・・・嬉しい・・・」

俺はアイリの背に手を回し、そっと抱きしめた。

「あの時、あの場所で、貴方がいてくれたら・・・」

アイリがそう言うと、俺は眠りについた。











翌朝。

「あれ・・・?」

俺の横には、アイリがいない。

「いつっ・・・!」

頭が痛い。

「何処行ったんだろうか・・・」

ついさっきまで抱き合っていた人物が消えると、これほど虚しい事は無い。

「・・・とりあえず探してみるか」

が、家の何処を探しても、アイリの姿は無い。

「外か・・・?」

俺が外に出てみると、そこには茜色の帽子を被ったアイリがいた。

「目が・・・覚めたのね?」

「あぁ・・・」

異様な重力感が漂う。

「昨日は、ごめんなさい」

何故だか、少し誇らしげに言うアイリ。

「いや・・・」

「ふふ、そうね」

「??」

「きっと・・・神様の気紛れだったのかもしれないし」

話が掴めん。

「あ、悪戯だったのかな」

「ちょっと待て」

「なぁに?」

あどけない少女は、豊満な笑顔を浮かべて俺に答える。

「その・・・君は、アイリだよ・・・ね?」

「そうよ」

「さっきから一体・・・」

「大丈夫、全て思い出なんだから・・・」

「え?」

「私の事、忘れないでね・・・」

「ちょっ、アイリ!」

「・・・・・」

・・・・・?

「私が生まれて初めて愛した人・・・さようなら・・・・・」

パァァァァァァァァッ!!

「うっ・・・」

辺りが眩く、まるでフラッシュ全開状態になる。

トンッ

「アイリ・・・・・アイリ!!」

しばらくすると、周りは至って変わらぬ景色になった。

「どういう事なんだ・・・アイリ」

意味がさっぱりわからない。

全て思い出なんだから・・・。

そう言った後、アイリは涙を流していたようだったが・・・。

何にせよ、何も掴めない。

「何がどうなってんだ!!」

俺は、よくわからぬ葛藤にも似た感情と戦っていた。

「ついさっきまでは、寄り添いながら寝てたじゃねぇか!」

俺が何をした?俺はどうなった?

「くそっ!くそっ!くそぉっ!!」

「貴方は・・・」

「何だ!?」

振り返ると、そこは何の変哲も無い田舎道。

「・・・?」

「貴方は、アイリを救ってくれました・・・」

「だ、誰だ!」

というか、何処だ。

「幾年もの恨みと想いが、今解放されたのです・・・」

「な、何だ!一体何だ!誰なんだ!!何処なんだ!!」

「私もあの子も、あの時代に、貴方みたいな人がいれば・・・」

「だから何なんだ!アンタは誰なんだ!!」

「全ては、想いを越えて伝わりました・・・」

「想いを越え・・・!」

「ありがとう・・・・・」

その一言で、声はなくなった。

「そうか・・・!」

俺は事を把握した。

アイリはまず、既にこの世には居なかった。

だが、死にきれない想いと恨みだけが、いつまでもこの場所に残った。

あの日、それはアイリが母親を殺した日。

アイリが何故母親を殺したか、そして何故殺せる力を持っていたかはわからない。

まぁ、おそらくそれ以前に何かしらあったんだろうが、俺はそれを知らない。

そして時を経て、俺はこの場所に来た。

俺はアイリに助けられた。

対応は冷たかった、でも時折優しかった。

それは、この世における、何かの迷いがあったから。

いつまでも断ち切れぬ、己の業と戦っていたから。

俺はそんなアイリに、アイリのツボにハマるように接した。

まぁ意図的じゃないんだが。

アイリはきっと、嬉しかったんだ。

人の優しさ、人の鼓動を感じている事が。

そして俺に想いを伝えて、この世の未練を消して去っていった。

神様の気紛れってのは、きっと、俺とアイリを巡り合わせた云々って事だろう。

さっき語りかけてくれた事は、あのままじゃ俺が何も見出せないまま、

多分、アイリと同じように、この世に想いを残して死んでいってしまう、

それを見越しての事だったんだと思う。

・・・想いには、色々な感情があるけど、それは全て心へ伝わる。

お互いがお互いを想い合っていれば・・・。

「・・・そうなんだろ?」

空を見上げると、雲が笑っている気がした。




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