出会いと別れ第2章




「ん、これは・・・」

足元をよく見ると、帽子が落ちている。

アイリの"茜色の帽子"だ。

「・・・・・」

俺は帽子を拾い上げて、家のドアの前に置いた。

「多分、これでいいんだと思う・・・」

この帽子は、アイリが過去にしてきた事の証。

血に染まるような思いをしてきた、とても辛い思い出。

俺が持っていても、それはそれで仕方が無いのだと思う。

「それでも、俺を信じるのか?」

雲は苦しそうな表情だ。

「だけど、この不幸を断ち切れるのは、君自身だ」

俺はそのまま歩き出した。

涙が頬を伝う、そんな感じに捕らわれながら。



































しばらく歩くと、人の多い大通りに差し当たった。

「良かった・・・これで何とか目的地に行けるな」

俺はまずタクシーを探した。

「でも・・・タクシーなんて無いよな?」

いくら辺りを見回せど、そもそも車自体そんなに走っていない。

「しょうがないな・・・」

俺は通行人に聞くことにした。

「すみません」

「はいはい?」

「この辺って、タクシーは通らないんですかね?」

「タクシー?何だねそれは?」

俺の背筋に衝撃という二文字が走った。

「あ、いえ、何でもないです。ありがとうございました」

「いえいえ〜。若いのに礼儀正しい子じゃの」

「はは・・・」

参った。完全に参った。

この辺の住民がタクシーの存在すら知らないことに、少し泣けてきた。

いくら礼儀が正しくても、長崎には辿り着けないのだ。

「となると・・・」

今度はバスだ。

これが無かったら、一体ここの交通機関はどうなってるんだと、声を極大にして言いたい。

・・・しかし、バス停らしきものは一切見当たらない。

「どうなってるんだ・・・」

田舎の呪縛にやられつつ、俺が結局出した案は、

「徒歩で行くか・・・」

幸い、道路の上の看板に長崎方面のことが書いてあるので、よほどの事が無ければ道には迷わなそうだ。

「はぁ・・・」

夏の日差しはまだ強い。

建物などの日光を遮断するものが全く無いこの地では、もはや俺は干からびてしまうかもしれない。
















「ふぅ・・・」

ようやく見つけた自動販売機の集団の一角で、俺は腰を降ろした。

「こう暑いと、さすがにかなわんな」

既に日焼けした部分が剥がれ落ちそうになっている俺の肌。

「ん、丁度良い具合に日陰があるな」

一本だけ真っ直ぐに伸びきった大木の下に俺は居るらしい。

「よっこらしょっと」

冷たい缶ジュースを購入し、少し老人臭い掛け声と共に、俺は木陰に隠れるように座った。

プシュゥゥッ

快音が人の少ない地で響く。

「それにしても、やっぱり電車を使うべきなのかな・・・」

考えてみれば、俺もおかしな男だ。

電車がひっくり返ったからといって、わざわざ天国と地獄の道の後者を選び、

そして今、真夏の光線にぐったりやられているのである。

こんなお間抜けな話があるか。

「それでも地球は回っているのさ・・・」

自分でも全く意味のわからない言葉を口にしたと同時に、俺は少し目を閉じた。




















「待ってよー!」

「へへ〜!こっちこっちー!」

「もぉー、イジワルー!」

「早く来いよー!」

「そんなに早く走れない・・・キャァッ!」

「お〜い!どうしたんだー!」

「痛い・・・血が止まらないよ・・・」

「まったく、どうしたの?ころんだの?」

「痛いよぉ・・・」

「お前、血がいっぱい出てるじゃないか!」

「どうしよう・・・歩けないよ」

「大丈夫か?どれくらい痛い?」

「わかんない・・・でも、私泣いてないよ」

「うん、良い子だね。とりあえずお家に帰ろうか」

「でも・・・今日こそあそこに行くんじゃないの?」

「そんなことより、ケガの方が心配だよ!」

「・・・うん」

「ほら、早く背中に乗って」

「え・・・でも」

「歩けないんでしょ?だったら俺がおぶっていってやるよ!」

「・・・ありがとう」

「あれ、やっぱり痛いの?泣いてるよ?」

「え、やだ、どうしてだろ・・・」

「じゃあ早く帰らないと!しっかりつかまっててね!」

「うん・・・!」




















「ん・・・」

どうやら眠ってしまっていたらしい。

「それにしても暑いな・・・」

全身が水でぶっかかったように、汗でダラダラだ。

「しかし、タオルなんて持ってきてないしなぁ」

カバンの中をガサガサしても、汗を拭くに値する物は一つも無い。

「はい」

ふと、俺の目の前に、真っ白な布らしきモノが差し出される。

「え・・・?」

目線を上にスライドさせていくと、とても眩しい太陽に目をつぶってしまった。

「あら、ごめんなさい、眩しいわよね」

「・・・???」

どうやら人が居るらしい。

「はい」

その人はしゃがむと、俺に手を出すような仕草をしてきた。

「え、あ、はい」

俺はとっさに手を前に差し出した。

すると、一つの白いタオルが俺の手の上に乗っかった。

「ふふ」

というか、タオルがどうこうじゃなくて、この人は・・・?

ようやく目がチカチカするのをやめ、視界が広がってきたと同時にその人の顔が映った。

「き、綺麗だ・・・!」

自然と言葉が出てしまった。

「え・・・?」

「あ、いや、何でもない!」

俺の目の前にたっている女性は、凛としていて、何と言うか、大人っぽい感じでいて、

でも瞳はあどけないくらい無邪気なもので、あ〜・・・要するに、

言葉では言い表す事が出来ない程、美人であったのだ。

そして何より、白のワンピースという、一見シンプルな服装にも、何か心をくすぐるものがある。

「ふふ、早く汗拭いちゃいなよ」

ニコッと笑った時に渦巻く雰囲気が、もうこれ、すさまじい。

・・・何か、俺は一瞬で虜になってしまったようだ。

「あ、あぁ、ありがとう」

しかし、俺は汗のベトベト感が世界で二番目くらいに嫌いで、

もう誰が美人とか関係無しに身体中を拭きまくった。

「あはっ!今日も暑いわねー」

今日も、という事は、この人はこの辺に住んでいるのだろうか。

「いや、すまない、ありがとう」

一通り汗を拭った後、俺はこのタオルをどうすればいいか迷った。

「いいよ、あげるよ」

困惑していた俺に、天使のような一言がかかる。

「いや、でも・・・」

何気に謙虚になってみる。

「たかだかタオル一枚じゃない。もらっときなさいよ。ね?」

またもニコッとした笑顔がたまらなく心を刺激する。

「じゃあ、遠慮なく頂きます」

ちゃっかり者の俺。

「いえいえ、あげます。ふふふっ」

な、何だろう、この感じ・・・。

「君、ひょっとして旅人?」

「旅!?え、いや、まぁ、そんなトコなのかな」

そう言えば俺は旅をしていることになるのか。

「じゃーこの辺の地理とか解らない?」

「そうだな・・・あ、いや、そうですね」

タメ語を使っていた自分に違和感を感じた。

まだ会ったばかりの人に対して、なんて失礼な奴と思われてるに違いない。

・・・くそぉ、俺はバカだ。

「あははっ!そんな、かしこまらなくても良いよー!」

なんとも心が広い方で助かった。

「私は香奈(カナ)。実は私も旅人なんだよねー」

「えっ?!」

「あははっ、地元の人に見えたかな?」

「え、あぁ、まぁ」

「さっきも間違えられたよー。何でだろ?」

んー、なんというか、サッパリした人だな。

「ひょっとして、俺みたいに接したからじゃないのか?」

「え?何で?」

「そんな陽気だから、地元の人間と間違われたんだろう。ここって田舎だし」

「あ・・・そうね!君って賢いね〜!」

「え、いや・・・」

・・・香奈と名乗った女性は、もしかして美亜ちゃん系統の人なのかもしれん。

だとしたら、俺はその美貌に惑わされているだけなのかもしれん。

美亜ちゃんに関わって、良いことは何一つ無いのだ。

「ちょっとねー、私探し物してるんだ」

「何を探しているんだ?」

「そ、それはちょっと言えないけど・・・」

何だか匂ってはいけない雰囲気が漂ってきた。

「埋蔵金・・・とか?」

「まっさかぁー!さすがにお金に興味は無いよー。それに、在り処なんてわからないしね」

「な、なるほど・・・」

お金に興味が無いとすると・・・。

「わかった」

「ん?」

「夏の思い出だ」

そう、今喋ってる相手が美亜ちゃんだとしたら、必ずこの答えか金になるはずだ。

美亜ちゃんはアレでも、結構ロマンチストだからな。

「な、何でわかったの・・・?」

「ぶっ!」

どうやらこの女性には近づかない方が賢明らしい。

「あ、悪い、俺そろそろ行くから。それじゃ」

「え、う、うん、道中気をつけて」

「はい、そちらさんもね」

俺は早足でその場から遠ざかった。
















ギンギンに照りつける太陽。

肌がヒリつくような気温に、俺はくたばってしまいそうだった。

「はぁ・・・」

深いため息をつくと同時に、その場にしゃがみ込む俺。

「どーしたのー?まだちょっとしか歩いてないじゃない」

いつの間にか香奈がピッタリとついて来ているコトが、俺の大切なエナジーを奪っていた。

「ひょっとして貧血起こしやすいタイプ?」

アンタがついてきてるから悩んでいるのだ。

「ところで、何処に向かってるの?」

「・・・長崎」

「へ〜、徒歩で?」

「あぁ」

「根性あるね〜。普通電車とか使うのにねぇ。夏休みだから調子に乗っちゃったワケ?」

あぁ、とてもウルサイ。

美亜ちゃんっぽいとは思っていたが、本人もビックリなくらい本当に良く喋る。

俺は暑さで喋る気力も無いというのに。

「田舎に帰るってワケでもないよねぇ」

「・・・・・」

「彼女に会いに行くとか?」

「あぁそうだ。だからアンタについて来られると大変迷惑なんだ」

俺は暑さとストレスで、少しキレかかっていた。

「そんな言い方しなくってもいいじゃない・・・」

泣き出しそうな顔で俺を見る。

「確かに悪いとは思うけど〜、着くまでだったら構わないでしょ?」

「・・・ひょっとして長崎までついてくるつもりか?」

「そうだけど?」

呆れて言葉にならない。

「大体アンタ、アンタにも目的があるんじゃないのか?」

夏の思い出は何処に行ったのだ。

「あははっ!だから〜、こうやって君についていけば、何かあるかもしれないじゃん?」

そう来たか。

「人と関わることで、また違う人と関わることが出来るかもしれないし」

「・・・ほぉ」

このロマンティスト加減が美亜ちゃんそっくりだ。

・・・いや、美亜ちゃんでもこんなコトは言わないな。

「だからまぁ適当に、ヨロシクネ!」

「・・・あぁ」

何だかどうでも良くなってきた。

「もうっ!シャンとして!ホラ!!」

香奈は手を差し出してくる。

「握手しろと?」

「それ以外にナニがあるっていうのよー?」

「はいはい、これでいいんですかね」

俺は香奈と手を繋いだ。

「あはっ、このまま歩いたら、何かカップルみたいだね」

「悪い冗談はやめてくれ」

「ギャグよギャグ!本気にしないでねー?」

誰がだ。

「とりあえず、このまま歩けば長崎付近に行けると思うから、歩こう」

俺は会話を続けるより歩いた方がマシということに気付き、香奈の手をほどいて歩き出した。























「やっぱ旅っていいもんだね〜。高い代償払ってする価値は大アリだわー」

「代償って、夏休みをか?」

「そうそう。だって、一ヶ月以上も休みがあるって、夏休みだけじゃない?」

「そうだな」

「本来なら、買い物して、プール行って遊んで、色々出来るかもしれないけど」

「旅をするのにも味があるってワケだな」

「そーゆーコト。よくわかってるじゃない。さては経験者?」

「まさか。俺だってこんな長旅は初めてだ」

「へー。ちょっと意外だなぁー」

「何がだ?」

「結構そういう関連の人かと思ってたからさー」

「どういう意味だ」

しばらく歩いていると、俺達はちょっとした段丘に差し当たった。

気付いたら香奈とのトークに夢中になってしまって、歩いている場所が道路ではなくなっていたようだ。

・・・さっきまでは香奈を毛嫌いしていたのにな。

「うわぁー・・・!!」

夏に吹きつける風がとても心地良い。

香奈もそれに応えるかのように、満面の笑みだ。

「こういうの良いよねぇ・・・」

「こんな場所があったのか・・・良いな」

俺達は嬉しくなったようになだらかな丘のてっぺんに登ると、その場所に腰を下ろした。

「これで辺り一面が高原とかだったらなー」

辺りの荒れた砂利道が、まるで悪かったなと言っているような感じだった。

「そろそろ日が沈むな」

「私、日没の景色って好きだな。特に夏の、オレンジ色の空が大好き!」

そう言った香奈の横顔に、ちょっとドキッとしてしまった。

あどけない瞳はそのままで、何か遠くを見つめたような切なげな顔。

忘れてはいたが、俺は香奈を初めて見た時、軽い一目惚れをしていたのだ。

・・・まぁ、それもほんの一瞬なワケだが。

「きっと、私が住んでる場所にはこういう所、無いんだろうなー」

香奈の栗色の髪が風で揺れる。

「そういえば、何処に住んでるんだ?」

「東京よ」

「東京から来たのか?!」

俺は凄い勢いで驚いた。

「・・・どうやってここまで来たんだ?」

「ふふん、これで!」

香奈は自分の足を差して言った。

「・・・・」

俺は驚いた表情のまま固まった。

東京からここまで歩いてくるだなんて、俺より数段凄いのだ。

いや、比べ物にならないであろう。

「というか、香奈の方が根性あるじゃないか」

「あはっ!そうかなー?」

そうじゃなかったら何なのだ。

・・・待てよ。

夏休みもそんなに経ったワケでもないのに、東京から長崎に近い位置まで徒歩で来る・・・?

事実上、ありえないのではないか?

「まだ8月に入ってないよな?」

俺はちょっとした冗談のつもりで言った。

「え?」

香奈は、何言ってんの?という顔で俺を見る。

「いや、8月に入っているワケがない。まだ一週間も経っていないハズだ」

「え・・・あははっ!そっか、旅しててボケてんのね」

「何・・・?」

「今日は8月の25日よ」

・・・何だと?

「長い間旅してたから、カレンダーなんて見てないんでしょ?」

「おかしい!」

俺はいきり立った。

「おかしいって・・・?」

そう、おかしいのだ。

夏休みに入ったのはついこの間。

俺の学校は22日からが夏休み。

俺が家を出たのは夏休みの始まりの日。

道中過ごした日数は、正確に言って1日半程度。

つまり、今日は7月23日でなければならないのだ。

「か、からかってるんだろ?」

俺は半分本気にしつつ香奈に聞いた。

「からかってなんかないよ・・・?なんならカレンダー見る?」

香奈は腕時計の日付の部分を俺に見せる。

「8月25日・・・でしょ?」

「何だと・・・」

いや待て、ひょっとしたら、東京と長崎では時差が生じるだけなのかもしれない。

・・・何バカなコトを言っているんだ。

「今日は7月23日のハズだ・・・」

「それ、本気で言ってるの?」

「じゃあ俺は一体どうなってるんだ!!」

怒鳴る形で香奈に伝わる。

「ゴメンナサイ・・・」

香奈の表情は、触っちゃいけない部分に触ってしまったような感じで、少し強張っている。

「俺は一体・・・空白の時間に何をしてたんだ・・・」

「何か・・・あったの?」

「あるワケがない!俺は普通に過ごしていたんだ!!」

時間にズレが出るワケがないのだ。

俺が違う次元を歩いているワケはありえないのだ。

違う・・・次元・・・・・?

「まさか・・・」

俺は遠い目で沈みゆく太陽を見つめた。

「何て事だ・・・」

「・・・良かったら、話してよ?」

香奈が不安気に俺を覗く。

「ちょっと長くなるが・・・」

俺は愛李のコトを話し始めた。





























「つまり、その子のせいで異次元みたいなトコを彷徨っていたってワケ?」

「そうとしか思えん・・・」

「あはっ!面白いコト言うねぇ〜」

俺は決して笑えない。

「だって、そんなのありえないじゃん」

「あったんだよ・・・」

「・・・マジ?」

「大マジだ」

「う〜ん・・・」

香奈は不思議そうに空を見上げた。

「新しく作った俺の物語〜、ってオチは無い?」

「あるか」

「やっぱし・・・」

俺は何を考えて良いかわからなくなってきた。

確かに愛李との出来事は受け止めることは出来る。

だが、何故時間がこんなに過ぎてしまったのか。

こればかりは、ハッキリ言って真に受けられない。

「でも、過ぎたコトはしょうがないじゃない?」

「そりゃそうなんだが・・・」

「現に、別にそれについて後悔してるとかは無いんでしょ?」

「まぁな」

「だったらいいじゃない。その子との出来事が一ヶ月の代償だったってコトで」

随分大らかな発想なコトだ。

だが、そういう風なくらいに考えるのが一番なのかもしれない。

「考えても始まらないよ!」

香奈が激励する。

「それに、考えてばっかりじゃ、残り短い夏が終わっちゃうよ」

それもそうだ。

「そうだな・・・」

「そうよ、前向きに行きましょう!」

香奈が満面の笑みを浮かべる。

「なぁ?」

「なに?」

「どうしてそんなに元気なんだ?」

俺は急所とも言えるべき所をついた。

「そりゃ、元気だからかな?」

答えになってない。

「だってさ〜、何事も楽しくやりたいじゃない?」

「あぁ」

「楽しくやるには元気でいなくちゃ。だから、私は元気なの!わかった?」

楽しい、元気、か。

思えば、そんなコトはあまり考えなかったな。

自分にとって良いコトか悪いコトか、俺は常にそういう考え方をしてたのかもしれない。

・・・なんて根暗なヤツなのだろうか。

「もっと前向きプラス思考に行くか・・・」

「それがイイよ!」

俺達は、沈む夕日の傍らで笑い合った。

「もう・・・暗くなったな」

気が付けば辺りがほとんど見えない状態だ。

「今日はどうするの?」

「うん?」

何の話だ。

「え、だから、泊まるトコ」

「・・・・・」

しまった、そんなコト考えてもいなかった。

「もしかして、お金無いんでしょ?」

「いや・・・あると思うけど」

バッグをあさってみると、小銭しか入っていない。

「・・・あんまり無いな」

「そうだと思ったよ〜」

「どういうコトだ?」

「だって、初めて顔見た時から、お金無さそーな雰囲気出してたもん」

大きなお世話だ。

しかし、よくよく考えたら、俺はほとんど金を持たずに家を出てきたコトになる。

我ながら無計画もいいところである。

「無計画はダメだよ〜?」

とてつもなく心が痛くなった。

「まぁいいや。今日は私持ちで、どっか泊まれるトコ探しに行こっ!」

「・・・は?」

事態が飲み込めない。

「だからー、どっか宿を探そうって」

「何故?」

「そりゃ、寝るからよ」

「何故?」

「今言ったじゃない」

・・・・。

「ま、待て!」

ようやくコトの重大さに気付いた。

「どしたの?」

「泊まるって・・・!!」

またこのパターンか!

「あはっ!大丈夫だよ、取って食ったりしないからさ!」

当たり前だ!

「それに、私野宿はもうイヤだしさ」

「・・・野宿したのか?」

「もう大変だったのよー!シャワーは無いし蚊は飛び回ってるし」

逆に外にシャワーがあったらそれはそれでどうかと思うが。

「じゃ、行こっかー」

「え、あ、いや」

「男の子がぶつくさ言わないのー!」

「はい」

俺は香奈に従われるまま、寝床を探しに出掛けた。


















「この辺でいいかなー」

「あぁ・・・」

俺達が腰を降ろしたのは、何処かはわからないが、河原の中腹辺り・・・。

「っておい!」

「なに?」

「なにじゃない。結局野宿じゃないか」

「しょうがないじゃん。この辺宿無かったんだし」

野宿はイヤだと言ったのは誰だ。

「それに、長崎行くまで何があるかわからないから、そんなにお金使えないしねー」

「別に俺に構う必要は無いと思うが?」

「もう遅いよー♪」

何が嬉しいのだか。

「とりあえず、テント張ろっか」

「テント?」

香奈はおもむろに自分のバッグから大きな袋を取り出す。

「はい、これそっちね。杭打つ場所間違えないでね。あ、下が固いトコ選んでね」

香奈のペースにズンズン引きずり込まれる俺。

「別にいいんだけどさ・・・」

「え?何か言ったー?」

「別に」

皮肉っぽく言ってみる。

「ま、野宿も悪くないわよ」

「さっきはイヤだって言ってたじゃないか」

「一人だったらね」

「二人も大して変わらんと思うが」

「そんなコト無いよー!一人だと色々心細いんだから」

「そういう神経を持っていたのか」

「そーゆーコト言わないのー!か弱い女の子が一人で野宿だなんて、ありえないわ・・・」

「じゃあしなきゃいいじゃないか」

「色々楽しいコトもあるのよー」

「そんなもんか」

何だかんだで話が盛り上がっているところで、テントは完成した。

「あ、そこ間違ってるよ」

「あぁ、じゃあ直すか」

「ま、いいんじゃない?形的に面白いし」

「アバウトだな」

「どういたしてましてー」

褒めたつもりなど一切無い

「どーしよー・・・」

香奈が困った表情で俺を見つめる。

「何があった?」

「ご飯、どうする?」

考えてみれば、今日一日、まったく何も口にしていない。

唯一、ジュースを飲んだくらいか。

「別に俺は食わんでもいいが」

「そーゆーワケにはいかないでしょ!」

会話が成り立たない。

「いや・・・あぁ、そうか」

俺は良くても、香奈がマズいか。

「何か食いに行くか?」

「そうね。本当ならバーベキューでもやりたいんだけど」

誰がするか。

「まぁ道具とか無いしね」

「で、何が食べたい?」

「そうねー、私はラーメンとか食べたいかな」

そりゃえらく質素なコトで。

「ラーメンくらいだったら俺がオゴってやる」

「ホントに?!ってか、大丈夫なの?」

「寝る場所借りるワケだしな」

「あはっ、ありがと!」

そう言った香奈の笑顔がたまらなく可愛い。

・・・待て、正気になれ俺。

相手は香奈だぞ?

そう、気を許してはいけない相手なのだ。

あんまり軽はずみなコトはしたくない。

それに、香奈が寝た後は、俺はこっそり出て行くつもりだ。

迷惑もかけられないし、時間も大分食ったからだ。

本来なら、あと一ヶ月は余裕があったはずなのにな。

「さ、とっとと行こうよ!」

香奈は俺の手を取って走り出した。

「お、おい、そんなに急がなくても」

「私もうお腹ペコペコなの!早くしないと死んじゃう!」

その割には相変わらず元気な様だ。


















「良かったー、ちょうど屋台が通ってるよ」

らあめんと書かれたのれんが、赤いちょうちんと共にゆっくり動いている。

「屋台のラーメンって、何か不思議な味がするんだよね」

「不思議?」

「そう。何かね、あぁ、屋台だなって感じかなー」

その思考が不思議でならない。

「こんばんわー!」

「いらっしゃい!!」

とても威勢の良い声が響く。

「私ね、ミソラーメン!君は?」

「俺も同じのでいい」

「じゃーミソ二丁!」

香奈が景気良く声を滑らす。

「あいよ!ミソ二丁、ありがとうございます!!」

屋台の兄さんもそれに応える。

「屋台の人って、もっとダークかと思ったけど、愛想良いんだね」

そういうコトは口に出すな。

「ははっ、言ってくれるねお譲ちゃん!俺はこれだけがとりえだからよ!!」

「ちょっとー、それだけがとりえって、肝心のラーメンは大丈夫なワケ?」

「おっと、痛いトコ突かれちまったなー!ははは!!」

はははじゃない。

「まっ、俺のラーメンは純粋なモンだ。安心して食え!」

「純粋って、どーゆー意味よ?」

「そのまんまだ。つまりだな、ラーメンなんだよ」

「何言ってんのよ。ラーメンじゃなかったら看板降ろしなさいよ」

「ふはは!面白い譲ちゃんだ!よっしゃ、卵オマケしたるわ!」

「マジでー!?ありがとー!!」

なんでだろう・・・。

一瞬、圭と香奈が重なった。

「ところでお二人さん、見かけねぇ顔だけど、どっかからの流れ者かい?」

人聞きの悪い。

「何よ流れ者って!人聞きが悪いわよ!」

俺に代わって発言する香奈。

「いや、そういうワケじゃねぇんだけどな」

「じゃーどういうワケよ?」

「あのな、ここは結構有名な観光地でな。知ってるか?」

「何をよ?」

「そこを訪れたカップルは全て幸せになると言われる湖があってな」

「だからそこって何処よー?」

軽く笑いながら香奈が答える。

「遠回しに説明しないで、本文を伝えてよねー!」

「知らなそうだったから説明したんじゃないか!」

嫌な予感がする。

「別に知りたくないしー。ねー?」

何故俺に同意を求める。

「全く、彼氏の方も疲れるでしょ?こんなん相手してたらよ」

「いや、まぁな。というかそれ以前に彼氏じゃないから勘違いするな」

「あー、何よ?そのタコ助の肩持つつもり?」

タコ助・・・。

確かに、この兄さんは髪が無いコトからタコという生物を想定出来る。

俺は一瞬の間を置いて吹き出した。

「わ、笑うなー!!」

「だって・・・だって・・・アハハハハハ!!!」

香奈が涙混じりに爆笑する。

「ったく、どいつもこいつもタコ扱いだ」

「ぷっ、あははは!人気者なタコさんなのね」

「うるせぃ!」

一通り笑った後、タコ助は怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にして、

「ミソラーメンお待ち!」

と叫んだ。

無論、俺達は吹き出した。

「アハハハハハ!!!た、たこ、ミソ・・・!!」

笑って言葉にならない香奈。

「伸びる前に食っちゃいな・・って、まだ笑ってんのか!?」

「だって!!あははははは!!タコが怒った・・・!!!ゴホッ!ゴホッ!!」

香奈は限界を超えて笑った為、むせてしまったようだ。

「ホレ、水でも飲みな。まぁ笑ってちゃ飲めねぇだろうがな」

少し不満気にタコ助が言う。

「はぁ、はぁ、アリガト。でも塩水じゃないでしょうね?」

「何でだい?」

「タコは海に住んでるじゃない。アハハハハ!!!」

・・・笑いすぎて酔っ払ってしまったらしい。

「すまないな。こんなヤツと一緒に来てしまって」

「いや、大切なお客さんだからな」

実は傷ついていたのか、ほんのり涙目なタコ助。

「香奈、温かいウチにとっとと食え」

「ひぃ・・・はぁ・・・ふぅ・・・」

水を飲んで一息ついたらしい。

「あ〜、お腹痛いー」

「そうですかい」

そこには疲れ切ったタコ助がいた。

・・・まぁ、無理も無いな。

「あっ、オイシイじゃない!」

一口食べた後、香奈が絶叫した。

「だろ?味は天下一品だからな!」

「これでタコがなければ最高なんだけどな〜」

「タコで悪かったな〜タコで!」

ちょっぴり笑顔で抵抗するタコ助。

オイシイと言われたのが嬉しかったのかもしれないな。

俺も食ってみよう。

「ん、確かにうまいな」

「へへっ、ありがとうございます」

ラーメンについての解説は得意じゃないのでハショるが、とりあえず俺好みだ。

濃すぎず薄すぎずという感じか。

「は〜、おいしかったー!」

「おいしかった?」

俺とタコ助が香奈のドンブリに目を張ると、スープまで飲み干した空っぽの器が置かれた。

「も、もう食べたのかい!?」

タコ助が目を点にする。

それにしても早すぎだ。

「よく言うじゃない、オイシイ物は別腹ってさ!」

そういう問題か。

というか、言葉の使い方が間違ってる気もするが。

「タコさんもう一杯!」

「へ、へい!」

俺は一度口に入れたラーメンをこぼしつつ香奈を見つめた。

「ぶっ、汚いわよ!」

「・・・・・」

「な、何よ?」

「お前って・・・」

「ん?なぁに?」

「変だな」

自分で言うのもなんだが、今の発言はとても的を射てると思う。

「うるさいなぁ!君だって十分変よ?」

「何処がだ?」

「う・・・あの、その」

変じゃないんじゃないか。

「ま、確かに私は変だけどさ〜」

逃げやがったな。

「でもそこまで変ってワケでもないでしょ?普通よりちょこっとズレてるぐらいじゃない?」

「そのちょこっとがどれだけ大きいかわかりゃしないがな」

「ははは!」

タコ助が笑う。

「タコさんは黙ってて!」

「へ〜い」

「だって、普通そんなに早くラーメン食べれないだろ?」

「え?食べれないの?」

変人を扱うような目でにらむ香奈。

「いや、食べれないな」

「・・・そんなに早かった?」

「5秒くらいだ」

「んー、ま、そんくらいがベターでしょ」

何がベターだ。

時折、こういうワケのわからない言葉を使うのが変なのだ。

というか、香奈は本当に日本語が出来るのか?

「なぁ?」

「また変なコト聞くんだったら無視するよ?」

「お前はハーフだったりしないのか?」

「違うよー。れっきとした純正の日本人です!」

「ほぉ」

「何かご不明な点でも?」

「日本語の使い方が正しくないと思ってな」

「ムッ!それだけでハーフとか聞かないのー!」

「あはははははは!!譲ちゃんも、彼氏さんにはかなわないねぇ」

「さっきからうっさいわねータコさん!早くミソラーメン作りなさいよ!」

「今作ってるってば。それより彼氏さん、早く食べないとのびちまうぞ」

「だから彼氏じゃないと言ってるのに」

「あははは!もしかして私達、カップル?」

何を楽しそうに。

「いやー気の強いカップルだよ。戦争が絶えそうにないね」

「それってどーゆー意味よ?」

「いえいえ、あっしは何も」

いつから一人称が"あっし"なんだタコ助。

「そう言えば、さっき湖がどうだとか言っていたが?」

「あぁ、それそれ。この先にある河原の奥の方にな、結構大きい湖があるんだよ」

「え、私達が来た時は、そんなの無かったよね?」

「あぁ。どっか道を外れるのか?」

「今は夏だから、草が茂って道が閉じちまってるんだろうねぇ」

「ふ〜ん。で、そこを訪れたカップルはどうなるんだっけ?」

「幸せになれるんだよ」

タコ助がにんまりと笑顔で言う。

「うわっ、笑わないでよタコさん。不気味だから」

見も蓋も無いコトを言うお嬢さん。

「でも面白そうねー。後で行ってみる?」

「・・・どうして香奈と幸せにならなくちゃいけないのだ?」

つい本音が滑る。

「あはっ!大丈夫だよ。だってカップルじゃないじゃん」

それもそうだ。

「なら安心だな」

「なんでぇ、つれないねぇ彼氏さんよぉ」

「やかましい」

俺は一気にラーメンをすする。

もちろんむせた。

「ちょっとー、もしかして動揺してんの?」

「ゴホッ、ば、バカ言うな」

「あはっ!私は別にカップルでもいいんだけどねー」

どういう意味だ。

「ま、食後に散歩がてら寄ってったらどうだい?手前まで送ってってやるよ」

「ありがとータコさん!タコさん優しいんだねぇ」

「へへっ、ミソ一丁出来上がりです!」

嬉しそうにどんぶりを置くタコ助。

どうやらタコ助は、褒めると舞い上がるタイプなのかもしれん。

「・・・・」

俺は香奈のどんぶりに注目した。

何故なら、さきほどの異様なスピードでの完食を見れると思ったからだ。

「ふーっ、ふーっ」

熱いラーメンに一生懸命息を吹きかけ冷まそうという魂胆な香奈。

・・・言い方悪いか。

「チュルチュル・・・」

先程とは裏腹に、ごくゆっくり食べるお嬢さん。

「ん?なぁに?」

「いや、何でもない」

「どうせ一瞬で食べるんだと思ったんでしょ?」

どうやら香奈はエスパーらしい。

「次は味わって、とってもゆっくり食べるんで」

「そうですか」

俺もラーメンをすすり始めた。


















「こっから湖に行けるぜ」

食後、俺と香奈は例の湖に行くための道をタコ助に案内してもらっていた。

「後はまぁ、一本道だから。あっしはこの辺で」

だから何故"あっし"なのだ。

「アリガト!それじゃね。ラーメンおいしかったよ!」

「へい、また来てくんろ!!」

今度は"くんろ"か。

どうやらタコ助は曖昧な日本語を覚えたらしい。

というコトは、ヤツは日本人ではなく、中国系の人間なのかもしれん。

顔も頭も中華って感じだし。

「さ、行こっか!」

「ヤケにハリキってるな」

「あはっ、そうかなー?でも何か楽しみじゃない?」

「何がだ?」

「そういう縁(ゆかり)のある場所に行くってさ」

「あぁ、まぁ今時珍しいよな」

「そこに行ったカップルは幸せになる、かー」

ふと、香奈がニヤケ顔になる。

「顔が歪んでるぞ」

「失礼ね!」

「とりあえず行くんだったらさっさと行こう」

「何よ、ノリ気じゃないの?」

「俺は色々あって疲れた。正直、もう熟睡態勢が整っているからな」

「そうだよねー。じゃ、早めに帰ろうか」

そう言うと香奈は、俺の手を掴んできた。

「何だ?」

余計疲れる真似をするな。

「あはっ、カップル気分で行った方がイイジャン?」

「あのなぁ・・・」

さっきまで別にカップルじゃないしとか言ってたクセに。

「固いコト無し!さ、行きましょう!!」

俺は強引に引っ張られていった。















「ホラ、女の子って、こういう場面だと女の子っぽくなるっていうか」

普段は女の子じゃないのか。

「だから、ね」

「まとめ方が悪い」

「まぁいいじゃない。減るモンでもないしさ」

前向きプラス思考なお嬢さん。

「あ、ここかな」

水平線の彼方までが湖な湖に着いた。

・・・何か日本語おかしいな。

「結構って言ってたケド、めちゃくちゃ大きくない!?」

「あぁ。で、どうすればいいんだ?」

「え?」

そう。

ここに行けば幸せになるとは言っていたが、具体的に何をすればいいかは聞いていない。

「とりあえず座ろっか?」

俺と香奈は、足が湖に届くか届かないかの所に腰を降ろした。

「えっと・・・」

「どうした?」

「何か、変な気分だなーって」

確かに、心なしか不気味な感情が込みあがってくる。

どちらかというと、不安という思いが強いのかもしれない。

「なんて言うんだろ、その・・・」

モジモジする香奈。

「私達、何でここに居るんだろうね・・・」

「まぁ、運命みたいなモンだ」

と思って諦めているよ。

「最初会った時は、二人で行動するとは思わなかったなー」

「ウソをつけ。ずけずけと俺について来たクセに」

「だってさー」

「だって?」

「・・・何か、感じたんだよね」

「何を?」

「うん。その、何かあるんだなっていうのを」

「・・・まぁ、実際それは正解なワケだがな」

「あの女の子のコト?」

「そうだ」

「あんまり思い出したくない?」

「そんなことは無い。色々教わったコトもあった」

「あの子が助けてくれなかったら、今頃骨だけになってたかもね」

「縁起でもないこと言うな」

「あはっ、ゴメン」

「・・・・・」

「・・・・・」

心地悪い沈黙が続く。

「・・・なぁ」

「うん?」

「本当にこんな場所で幸せになれると思うか?」

「微妙・・・だよね」

そう、微妙なのだ。

全ての感覚が、目の前の景色さえもが微妙なのだ。

こんな所に幸せなどという言葉は妥当でない。

「やっぱホントのカップルじゃないからかなぁ?」

またも香奈の横顔にドキッとする俺。

「どうだろうな」

しかし、本当にカップルでいても、幸せにはなれないと思う。

辺りの禍々しい気がそう考えさせる。

「キスでもしてみる?」

「ばっ、バカ言うな!」

突然の香奈の発言にたじろく俺。

「あ、そうか。彼女いるんだっけ?」

「・・・あぁ」

そういうワケではないが、一応相槌を打っておいた。

「いいなぁー!恋人がいてさ!」

「何言ってんだ」

「だってさー、愛する人がいるって、何かロマンティックじゃない!?」

ロマンチスト香奈は、目をウルウルさせながら俺に同意を求める。

「今までに付き合った人とかいないのか?」

俺らしくない発言。

「・・・いないよ。だって、私って男の子から嫌われてるらしいし」

嫌う理由は分かる気がする。

「だからそういう出会いとか無いんだよねー」

「でも、香奈は綺麗だから、男の一人や二人は釣れるだろ」

「か、からかわないでよー」

赤面する香奈。

「ねぇ、君はどうして今の恋人を好きになったの?」

「・・・どうして、か」

何となく、そういう質問をされると困ってしまう。

気付けば、俺は圭のことを好きになっていたのだ。

それは幼い頃からずっと側にいたというのもあるかもしれないし、

単純に、圭に惹かれたのかもしれない。

何故圭のことを好きになったか。

よくよく考えれば、俺には具体的にその答えを出すことは出来ない。

「だって、好きになったからには、理由があるんでしょ?」

悩んで弱っている俺に追い討ちをかける香奈。

「理由は・・・無いな」

「無いって?」

「人を好きになることに、理由なんて無いと思う」

「・・・!!」

香奈は、何か衝撃を受けたように、呆気に取られたようだ。

・・・人を好きになったのは、俺は初めてだ。

別に普段圭にあこがれてたワケでもないし、何かを求めていたワケでもない。

本当に、ごく自然に、俺と圭は繋がっていったのだ。

そこに理由と言う概念は、おそらく無い。

「私・・・人を好きになるのには、必ず理由が必要なんだと思ってた」

「まぁ、そういう考え方もあるさ」

「ううん!今、君の言葉ではっきり解ったの」

「何を?」

「本当に愛せる人がいたのなら、それは理屈じゃ説明出来ないんだって」

「そうかもしれないな」

「何が正しいか、何が悪いかじゃなくて、好きなのか好きじゃないのか・・・」

俺の今までの思考を打ち砕く発言をしやがる。

「・・・そういう気持ちは大事だろうな」

「うん・・・」

水面に浮かぶ月が妖しく映える。

「私、人を好きになれるかな・・・?」

「好きっていう気持ちがあれば、いつだって出来るさ」

「例え相手が嫌いでも、恋人同士になれるかな?」

「それは香奈の努力次第だな」

「じゃあ、君のことが好きって言ったら、付き合えるのかな?」

「ぐ・・・」

危うくYesと言いそうになってしまった。

「冗談だよー!?」

「わ、わかってる」

しかし面と向かって好きと言われれば、俺だってたじろくはずだ。

「でもこういう話をするってコトは、香奈は好きな人がいるのか?」

「えっ・・・?」

かなり鋭い所に当たったらしい。

「べ、別に好きっていうか・・・ま、まぁ、そうなのかなぁ」

モジモジ香奈。

「たまぁ〜に、あ、好きなのかな〜って思う時はあるけどぉ・・・」

のろけるな。

「そいつは東京に住んでるんじゃないのか?」

「そうだよ」

「じゃあ旅なんかしてる場合じゃないんじゃないのか?」

「だって・・・」

だってじゃわからん。

「夏休みだったんだから、遊んだりすれば良かったじゃないか?」

「確かに東京で遊んでた方がいいかもしれないけどさ〜」

「けどさ〜?」

「こういうのもいいじゃない?」

「答えになってないぞ」

「うぅ・・・ま、まぁ、色々あるのよっ。あはっ!」

そう言うと香奈は立ち上がった。

「何かね、気分が一新した感じがするのね」

「・・そうか」

「旅をして正解だったと思うよ」

「女なんだから、一人で旅するのはこれで最後にした方がいいかもな」

「そうね。君が狼みたいな人じゃなくて良かった」

余計だ。

「さ、そろそろテントに戻りましょう。私も眠くなってきちゃった」

「あぁ」

俺は空を仰ぎながら腰を上げた。

同時に香奈も空を見上げる。

「あ、今日は月がキレイ・・・」

漆黒の空に浮かぶ月が、まるで俺達だけを照らしているようだった。

それは、幸せを掴んだ人間にだけ与えられる、天からの贈り物なのかもしれない。

月の光に映った香奈が、今までで一番美しく輝いていた。

香奈も言っていたが、俺も正直、ちょっと生まれ変わった気分になった。

香奈がいなかったら、俺は人生の楽しみの約半分を占める"楽しさを味わえる元気"

というものの存在を知らずして、短い人生の幕を閉じていたのかもしれない。

そう、俺は香奈から元気と楽しさを知る心を与えてもらったのだ。

俺は、香奈の手を取って歩き出した。

・・・俺自身の幸せを得る為には、香奈とは別れなくてはならない。

そしてそれは、香奈自信には気付かれぬように、音も無く静かに。

今宵限りの月明かりの乙女は、儚い花のようだったけれど、俺の胸に永遠に刻まれるだろう。




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