出会いと別れ第2章




「・・・どしたのー?」

「えっ!?」

「眠いんだから早く行こうよー」

せっかく人がキレイにオチをまとめたのに台無しだ。

「でも不思議ね」

「何がだ?」

「こうやって手を繋いでいるのに、全然違和感が無いんだもん」

「あ・・・」

俺はとっさに香奈の手を離した。

「・・・離しちゃうの?」

とても残念そうな顔で俺を見る香奈。

「いや、その・・・まずかったかなって」

「あはっ!そんなコト無いよー!」

そう言うと香奈は、俺の手を奪った。

「でもやっぱ、身近な幸せも欲しいなぁ」

「それは俺を誘ってるのか?」

「そう見える?」

そうとしか思えない。

「テントの中でイケないコトでもしてみる?」

「十分誘ってるじゃないか」

「そうだけど?」

「・・・・」

いまいちついていけない。

「大体、さっき話してた好きな人は何処にいったんだ?」

「あのね、そのコトなんだけどー」

「うん?」

「さっきさ、生まれ変わった気分になったって言ったじゃない?」

「あぁ、確かに」

「だから、もう一度新しく、別の人を好きになってみようかなって」

「・・・そりゃ固定概念ってヤツだな」

「コテイガイネン?」

「あぁ。要するに、一つのコトを無理矢理守り切ろうとする心だな」

「え、でもそれって結構すごいコトなんじゃないの?」

「すごいコトかもしれないな」

「もう、何が言いたいのよ!」

「つまりだな、一つの概念に捕らわれて行動すると良くないぞってことだ」

「どうして?」

「気分が生まれ変わったからといって、好きな人を無理矢理変えることも無いだろう?」

「う・・・」

「自分が本当に好きになれる人を探した方が良い」

「うん・・・でも、だから他の人を好きになってみようかなって」

「言ってなかったか?今好きな人は、私の気持ちを理解してくれる人だって」

「・・・そんなコト言ってないよ?」

俺の発言の全てが水の泡となった。



















「あははっ!さっきはすっごく面白かったよー!!」

俺達はテントの中で寝そべりながら話をしていた。

「・・・誰にだって間違いはある」

「そりゃ固定概念ってヤツだな。一つの概念に捕らわれて・・・あはははははっ!!!」

なんてムカつくヤツなんだろう。

「わかったわかった。勘違いした俺が悪かった。だからもう黙れ」

「あぁー・・・お腹痛い・・!!」

屋台の時といい、ホントによく笑いやがる。

「笑いすぎたせいで、眠気が吹っ飛んじゃったよー」

「そりゃ失礼しましたね」

今になってタコ助の心理状況が100%理解出来た。

悪態を突かれること程腹立だしいことは無いな。

「今何時だ?」

「そろそろ2時ね」

「もうそんな時間か」

「何言ってんのよ?夜はこれからよー!」

徐々にテンションゲージを高めていく香奈。

「勘弁してくれ。俺はもう身も心もボロボロなんだ」

「おっさんくさいコト言わないのー」

「どうせおっさんだ俺は」

俺は香奈の背を向けて寝っ転がった。

「あ、ヒドーイ!それはないんじゃない!?」

「おっさんはおっさんらしく、おっさんギャグでも考えとくよ」

「ナニよそれー!?」

「物思いにふけるってことだ」

「せめて私が寝てからにしてよねー。寂しいじゃない!」

どうせニヤニヤ笑ってるくせに。

「ちょっと考えをまとめてるだけだ。10分だけ時間をくれ」

「はいはい、じゃ私はちょっくら用を足してきましょーかね」

「口調がおばん臭いぞ」

「うるさい!」

ファサッ

ちょっと微笑みながら香奈はテントを出ていった。

「ふぅ・・・」

・・・考えてみると、俺はよくここまで頑張ってきたんだなぁと思った。

今が夏の終わりという実感はさすがに無いが、日数的に約一ヶ月。

色々なことがあって、色々な想いを重ねてきた。

・・実際、ちょっと困憊気味だが。

当初の目的からかなりズレてはいるが、あとちょっとで圭に会えるんだ。

圭がいる長崎に、手を伸ばせば辿り着く。

それもちょっと実感が無い。

一度は遠く離れた圭に、また会える。

会ったら何を話すかなんて決めてはいない。

けれど、こんなに胸が高鳴っている。

早く会いたい・・・その気持ちだけでいっぱいだ。

少々幼少チックな単純思考だが、まぁそんなコトはどうでもいい。

そう、会えればそれでいいんだ。

圭が目の前に居れば、圭が側に居れば。

それだけで、これまで過ごしてきた日々が無駄じゃなくなる。

ファサッ

「ふぅー、意外と虫が少なくて助かったー」

自己陶酔モードから一気に現実に戻らされた。

「この前野宿した時なんか、忌まわしき蚊にこの辺大量に刺されちゃって大変だったよー」

と言って股間の辺りを示す香奈。

「あはっ、跡が残ってるかも」

と言ってワンピースの裾をめくり始める香奈。

・・・・・。

「ま、待て!!」

「え?」

と言ってとぼける香奈・・・じゃなくて!

「何を考えているんだ!」

「何って、蚊に刺された跡を緊急公開しようかなって」

「ば、バカ!見せなくていいよ!」

「・・・ゴメン」

「いや、あの、その・・・ゴメン」

「あはっ!何で二人揃って謝ってるんだろーね?」

おそらく、香奈に悪気は無かったのだ。

いつもこうやって天然で、無邪気な可愛さを見せてくれる。

・・・もう、それでいいじゃないか。

これ以上はツラい。

これ以上香奈と居ると、俺はダメになってしまう。

「もう寝よう・・・」

「もう寝ちゃうの?」

さっきまで眠いと言っていたのは誰だ。

「俺は外で見張りがてら寝とく。香奈もさっさと寝た方がいい」

「えー?一緒に寝ればいいじゃない!」

不満げな顔で俺を見る。

「そうはいかない。まぁ、そのうち蚊に耐えられなくて転がり入ってくるさ」

「あはっ!・・・アリガトね!」

こうやって満面の笑みを浮かべるのもまた可愛い。

俺の中で香奈という存在は、もはや大きな存在となりつつある。

だからこそ、行かなくてはならない。

俺は大切な人に会うために長崎へ向かってる。

その目標をねじまげてはならないのだ。

固定概念かもしれないけど、それはまた違う考えなワケだ。

・・・何だか自分に都合の良いようにしてるだけかもしれんが。

「じゃあ・・・おやすみ」

「うんー、頑張ってねーアハハー!」

ファサッ

・・・香奈は、俺が戻って来ると思っているのだろうか?

俺は二度とここへは来ない。

そして、香奈とも二度と会うことは無いだろう。

しかし、もし香奈の想いを踏みにじるような結末になってしまったら・・・。

「いや・・・」

それでもいい。

むしろ、それくらいがちょうどいいのだ。

俺は幸せを手に入れたい。

その為に、犠牲者が出てもいいじゃないか。

それに香奈だって、俺のことを誘っちゃいるが、本気じゃないはずだ。

俺は俺の行く道を進むんだ。

他人のわがままなんて聞いていられない。

「さようなら・・・」

俺は一言残して、暗がりの中を一人歩いていった。





































残暑の名残が厳しい頃。

既に日付は9月1日を差していた。

幸い、学校は3日からのスタートということで、俺はこうして旅を続けている。

「暑いな・・・」

ほとんど寝ずに歩き続けている俺は、疲れを忘れ、ただ暑さに意を奪われただけなのかもしれない。

実際、そんなに暑くはないのだ。

だが、暑いという言葉を発してしまう。

それは何となく条件反射みたいなもので・・・まぁ、くだらん説明はいらんな。

「・・・・」

目の前の看板に"長崎県"と書かれている。

そう、俺はついに長崎に辿り着いたのだ。

一ヶ月と半という、長いようで短かった日々を越え、今まさに目的地に着かんとしていた。

「さて、と・・・」

俺は携帯を取り出し、圭に電話をかけた。

「最初からこれに気付いていればなー」

俺は携帯を持っていながら、何故連絡を取らなかったのだろうか。

もし旅を始める前に電話の一つでもしておけば、一ヵ月半という無駄な時間を費やさなかったかもしれない。

・・・まぁ、多くの思い出を失うことになるだろうが。

「もしもしー?」

「俺だ」

「おーおー、久しぶりだね!どーしたよー!?」

俺が長崎にいるなんてことは知らなそうだな。

・・・当然っちゃ当然なワケだが。

「最近どう?元気してる?ってか今までに電話の一つくらいよこしなさいよー」

「悪い。電話という存在に気付かなかったんだ」

「あはは、アンタらしいわねー」

「どういう意味だ?」

「おバカってコトよ」

何て憎らしいヤツなんだろう。

・・・違う、こんなくだらない話をする為に電話をかけたんじゃない。

「でもアンタ、電話料金大丈夫なの?切ろうか?あ、家からかけようか?」

「・・・今、長崎にいる」

「えっ?」

「圭に会いたくて、ここまで来た」

「えっ、ちょっと待って・・・それ本気で言ってんの?」

「大マジだ」

「長崎にいるんだ・・・」

「何処に行けば会える?」

「・・・今何処にいるかわかる?」

それがわかったら苦労しない。

「いや、わからない」

「だろうね。ちょっと待って、アンタの位置確かめてみるから」

・・・何?

「うーんと、あ、結構近いよ。その辺に公園無いかな?」

「公園?あぁ、大きい広場みたいなのはあるな」

「ある!?じゃ、そこで待っててよ!」

「あぁ・・・で、ちょっと質問いいか?」

「なに?」

「どうして俺の位置がわかった?」

不思議でならない。

もしかしたら、圭は超能力者なのかもしれない。

いや、天空から俺を見下ろしているのかもしれない。

「そりゃ、携帯の位置を把握する機能使えばわかるよ」

「本当か!?」

「アンタのは古いから出来ないだろうけど、アタシの最新式だからね!」

なるほど、どうやら時代は確実に進歩してきているようだ。

携帯を辿って相手の位置を把握する、か。

俺みたいな無知な人間は、そういうことも知らない。

というか、もしかしたら知らないのは俺だけなのかもしれない。

・・・真夏だというのに、ものすごい悪寒がした。

「あ、ゴメン!今日はこれから用事があるから無理なんだ!」

「えっ!?」

俺は耳を疑った。

「明日の昼からなら大丈夫なんだけど、そっちはどう?もう帰っちゃう?」

「いや・・・別に構わないが」

「ゴメンねー!それじゃまた明日電話するから、ちゃんと出てね」

「・・・わかった」

「電話の出かたわかる?」

完全にナメられているようだ。

「大丈夫だ。昔ほどバカではない」

まぁ、確かに電話の仕方もわからなかった時代もあったさ。

「オッケ、じゃ明日ねー。バイバイ」

プツッ

「・・・・・」

考えてみると、俺は圭の予定も考えずにここまで来たことになる。

もし圭が旅行とかに行っていたら、俺はどうしていたのだろうか。

・・・いや、その前に考えなくてはならないことがある。

俺は決して軽い気持ちでここまで来たわけじゃない。

圭に会いたくて、声を聴きたくて、ぬくもりを感じたくて。

そう思っていざ圭と話してみたら、あいつは意外な程にいつも通りだった。

真剣になっていた自分がバカバカしくなってきた。

ひょっとしたら圭は、俺に会いたいだなんて思ってもいなかったのだろうか。

確かに、俺個人のわがままみたいなもので来たのはわかってる。

だけど・・・。

「圭・・・」

俺は圭に会いに来て、本当に良かったのだろうか。



















とりあえず、俺は公園の中を散策することにした。

あまり深く考えても良いことは思い浮かばない。

むしろ、俺は長旅で疲れているのだから、少し休む必要があるのだ。

ここ最近はまともに寝ちゃいない。

それに、色々と気疲れもした。

今はなんというか、解放されたいというか、そういう気持ちでいっぱいだ。

・・・大丈夫、俺はもうここまで来た。

後は、明日圭に会うだけなんだ。

そしたら、家に帰ってのんびり寝たりすればいい。

学校だって三日くらい休んだっていい。

そう、全ては明日なのだ。

俺は園内にある自販機の前のベンチに腰を下ろした。

ミーンミンミンミンミンミンミン・・・・・ボトッ

「・・・セミが死んだ、か」

詩人風に言うならば、夏の憂鬱、と言ったところか。

「もう夏も終わりなんだな」

持っていたお茶を一気に飲んだ。

「・・・・・」

日差しが段々と弱まってきた。

それと共に、空もオレンジ色にかすんでいく。

「夏の終わりの、オレンジ色の空か・・・」

確かに、儚げで、それでいて力強くて、そういう感じが頭を回る。

気がつけば、俺もこの景色が好きになっていた。

「香奈・・・」

・・・いかん、香奈のことを考えても仕方が無いのだ。

しかし香奈といえば、今頃何処で何をしているのだろうか。

俺がいなくなったと知って、その後はどうなったのだろうか。

やはり東京に帰ってしまったのだろうか。

「帰る・・・か。かえる・・・蛙・・・還る・・・」

還ると言えば、愛李は土に還ってしまった。

いや、この場合は天に昇ったというのだろうか。

いつまでもこの世を怨み続ける想いと後悔の念。

それが強力な波動になって、現世に彷徨い続けた結果、愛李はああなってしまった。

今思えば、愛李はあれで良かったのだろうか。

俺一人は勝手に納得していたが、愛李的には問題無かったのか。

「・・・まぁ、最後の言葉を信じるしかないな」

愛李・・・不思議な存在だった。

それは今でも衝撃的なものだ。

科学的にもありえないし、多分誰に言っても信じないだろう。

現に、香奈はそんなに信じてはいなかった。

だが、俺は確信している。

体験者として、愛李の存在があったことを。

それに、空白の一ヶ月があったことも。

「ゲホッ、ゲホッ」

「・・・ん?」

どこからか咳き込む音が聞こえる。

結構近くからだ。

「ゲホッ・・・はぁ、はぁ、はぁ」

気がつけば、俺の隣のベンチになだれ込むように倒れかかっている人がいる。

「ゲホッ、ゲホッ!!」

顔はよく見えないが、苦しそうなのは確かだ。

「・・・大丈夫か?」

「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ」

どうやら大丈夫ではないらしい。

「ゲホッ、ゲホッ・・・ふぅぅぅ」

その人は深呼吸をして俺の方を向くと、ニコリと微笑んだ。

「み、水でも飲むか?」

「いえ・・・」

意外と透き通るような声をした人は・・・また女性だ。

どうして俺はこうも女とありがちな出会いをするのだろうか。

しかもそのほとんどが可愛い、綺麗だという単語が似合うのは何故だろう。

そもそも俺が出会った中で、細工が悪いと思える容姿をした女はいない。

ひょっとして俺は、とてつもなくついているのだろうか。

・・・今はそんなこと考えてる場合じゃないな。

「病気なのか?だったら家で寝てた方が・・・」

「いえ、大丈夫です・・・」

「そうか・・・」

味の悪い沈黙が流れる。

「あの・・・」

「ん?」

「やっぱり、その・・・」

その女性の目は、自動販売機の方と俺を行き来していた。

「あぁ、わかった」

俺は重い腰を上げると、自販機に駆け寄った。

ガコンッ

「お茶で良かったかな?」

「すみません、何でも結構です・・・」

「はい」

「どうもありがとうございます」

女性はそう言うと、ジッと缶を見つめた。

「・・・どうした?お茶じゃまずかったか?」

「あ、いえ・・・」

・・・?

買ってあげたのはいいとして、何故飲まないのだろうか。

ひょっとして、缶の冷たい感じを味わってるだけなのだろうか。

「あの・・・」

「どうした?」

「私、指に力が入らなくて・・・」

「・・・?」

「その・・・」

「あ、あぁ!」

なるほど、どうやらフタを開けてほしいのだな。

「ちょっと貸してくれ」

「はい・・・」

プシュゥゥゥゥ

心地よい爽やかな音が響く。

「ほら、飲みな」

「すみません、何から何まで・・・」

「いいって」

俺はこういう困った人間を見ていると、ほうっておけない主義なのだ。

そう、つまり優しくて良い人。

うん、何とも良い響きなのだろうか。

・・・あんまり自惚れても面白くないな。

「では、有り難く頂戴いたします」

「どうぞ」

その女性は丁寧なご挨拶をすると、ゆっくりとお茶を飲み始めた。

「一体、どうしたんだ?」

そもそも、ブッ倒れるほどの何かがあったのか疑問だ。

ただ、体が弱いだけなのかもしれない。

だとしたら、何故公園を彷徨っていたのだろうか。

色々な不思議が頭を巡る。

「ちょっと散歩しようと思ったら、意外と外は暑くて・・・」

「それで倒れたわけか」

「・・・はい」

「そうか。じゃあ、ちょっとぐったりしたら、家に戻って寝るといい」

「・・・えぇ」

何故だか、どこか悲しげな雰囲気を感じる。

家に何か事情があるのだろうか。

いや待て。

それ以前に気にすることがあるだろう。

「指に力が入らないって、どういうことなんだ?」

そもそも缶ジュースのフタを開けられない程弱いということは、相当弱いということだ。

確かに開けにくい仕組みになってはいるが、力的な問題はありえない。

「・・・あの」

「ん?」

「私、病気で・・・」

「病気?」

一体何の病気にかかったらこんな風になってしまうのだろうか。

「ごめんなさい、迷惑かけてしまって・・・」

「いや」

病気なら、何故公園に来たんだろうか。

いや、この疑問は聞いてはいけない気がする。

この子の、何か大切な場所に尖ったものを突き刺す感じになってしまうかもしれない。

・・・何だろう、この感覚は。

「家は近いの?」

あくまで遠回しに訊ねた。

「いえ・・・」

「もう暗い。帰らなくても大丈夫なのか?」

気付けば日は沈んでいた。

「帰る・・・?」

「うん?」

「私・・・」

「??」

それから、どれだけの沈黙が走っただろう。

いや、おそらくは大して時間は経っていないのだろう。

だが、間が悪いというか何というか、この一瞬さえもが永遠のように長い気がした。

この感覚は・・・。

「私、祐美(ゆみ)って言います」

何かに似ている。

そう、何か、大切なものをなくした時のように・・・。

それが何なのかが思い出せない。

「私・・・」

大切なもの・・・ではなくて、大切な人だったかもしれない。

おそろしい虚無感と孤独の戦慄。

背筋が凍るような、恐ろしい感覚。

・・・一体、何だ。

「私、今日死ぬんです」

「えっ!?」

祐美と名乗った女の子は、完全に俺の虚をついた発言をした。

「死ぬ・・・?」

「えぇ・・・」

死ぬだと?

辺りは更に重く暗い空気に包まれる。

・・・死ぬ、か。

よく考えれば、この感覚は死ぬというイメージに近いのかもしれない。

誰かが、死んだ。

そう、それだ、それに違いない。

だが、過去に俺の中で誰が死んだ・・・?

「・・・・・」

「私、死ぬ時はこの公園って決めていたんです」

「死んだ・・・」

「・・・え?」

「愛李!!」

「あい・・り・・・?」

愛李・・・!

そうだ、この感覚は愛李が消えた時と同じ感覚だ。

人が目の前からいきなり消え去った時の感覚。

自分が無力な為に後悔しているかのような感覚。

錆びついて何もかも信じることが出来ない感覚。

あの時の感覚が、今になって真新しく甦ってきた。

「アイリとは、一体・・・?」

祐美が心配そうに聞いてくる。

「あ、いや・・・!」

俺は一瞬ハッとした。

すぐ側にいた祐美の存在すら忘れかけていたのだ。

「・・・何か、過去を持っているんですね」

「・・・あぁ」

きっと、祐美も俺と同じ感覚を味わっているのかもしれない。

今にも消えそうな、儚くて、でもそれは一瞬の出来事。

祐美と愛李は、それこそ違うけれど、同じ匂いがするのかもしれない。

俺は祐美に愛李のことを話した。



















「あらゆる後悔の念が入り乱れて、この世に残った・・・というのですか」

祐美はまるで恐怖と困惑に悪戯されたかのような顔で呟く。

実際、こんな話はあってはならないのだ。

だが、俺はそんな悪い意味での夢物語の証言者であることは事実だ。

まぁ証言者という言い方もどうなんだが。

「貴方は・・・」

不意に祐美が話し掛ける。

「死ぬのが怖いですか?」

またも虚を疲れた発言に俺はドキッとした。

「怖いというか何というか、まぁ、その」

口ごもる俺。

「私は、存在が消えゆくことを否定しません」

「・・・・・」

「だって、人は死ぬ為に生まれてきたんですもん」

祐美は笑っているのか怒っているのかよくわからない表情で呟く。

しかし、明らかに笑えない話なのに。

「それは・・・」

「いいんです、私。悲観的だって思われても、仕方無いんです」

祐美はまるで俺の心を見透かすような言葉を放った。

「もう、生きていても・・・いえ、生きることに意味は無いんです」

「そんなことはない!!」

俺はつい憤激した。

しかし、祐美は表情を一つも変えようとしない。

きっと、こういうことに慣れているのだろうか。

だが俺はあえて言わせてもらう。

「生きていれば・・・楽しいよ」

今ほど自分の発言が楽しくないと思ったことはない。

そう思えるほど、俺は今自分が言いたいことを言えていなかった。

「私にとって、死ぬことも楽しいかもしれません」

祐美は冷たくあしらう。

きっとこの先俺がどんな発言をしても、祐美にはそれに対する答えを持ち合わせているのであろう。

つまり、祐美は以前幾人もの説得を受けているのだ。

だから、俺如き一人の人間が死ぬなと言っても、きっと彼女は死んでしまう。

・・・ふと、こんなことを考えている自分が悲しくなった。

このままでは俺は、人一人見殺しにしてしまうようなものだ。

そんなことはあってはならない。

「もう、これ以上俺の前で人が消えていくのは御免だ・・・」

「・・・・・」

重苦しい空気が漂う。

「私、病気で死ぬわけじゃないんですよ」

軽やかに祐美は喋り始める。

「でも、今のまま生きていても、仕方が無いんです」

「・・・話してくれ」

「・・・はい」

祐美は自分の辿ってきた道を俺に語った。



















話を要約すると、だ。

祐美は幼い頃から足に何らかの病気を持ち、立つことさえままならなかった。

ある日、父親がその病気を自分のせいだと言い、自殺したのだという。

それからは、自分が病気という負荷物を背負っていることに苛立ちと悲しみを覚え、

他人の迷惑にならないように、今まで明るくつとめてきたらしい。

しかし、本来しっかり寝ていれば治っていたものを、無理に引きずったことにより、

その病気は治る見込みがほとんど無くなったしまったのだという。

それに困惑した祐美は、ある日母宛の手紙を残し、一人死の旅に出た。

そのある日というのが・・・今日。

俺がここに来たのも今日、そして同じ時間ということから、何か運命めいたものを

感じられるが、それは俺の思い過ごしであってほしい。

・・・正直、俺はもう疲れたのだ。

一ヶ月も外を彷徨い、色々な冒険をして、今此処に来た。

ただ圭に会うだけなのに、どうして俺はこんなにも疲れているのだろうか。

それは、行く先行く先に待ち構える、あえて言うなら試練。

俺がいままで見たことの無い・・・まぁ、一部を除くが、

そういう光景を目の当たりにさしてやって、きっと今ごろは雲の上で誰かが笑っているんだ。

愛李の一件から、俺はもう神でさえ信じることが出来る。

ただ圭に会いたいだけなのに、貴様はこうも俺の行く手を阻むか。

ならば、俺は立ち向かう。

圭という目的地に辿りつくためなら、人一人・・・。

いや、俺には見殺しなんてことは出来ない。

たった一言、俺はもう行く・・・。

それを言えば、後は寝て明日を待つだけなのだ。

そんな簡単なことが出来ない。

違う!俺は何を考えているのだ。

今まさに人が死を選んだ瞬間を俺は接触しているんじゃないか。

何事も無かったように去るだと・・・?

甘ったれちゃいけないんだ。

祐美を助けなきゃいけないんだ。

例え結果的に祐美が死んでも、それまでの過程が納得出来なきゃダメなんだ。

「もう、疲れた・・・」

祐美はそう言うと、地面に倒れた。

「ゆ、祐美っ!?」

「早く死にたい・・・」

俺は咄嗟に祐美に近寄る。

「まだ死ねないみたいです・・・」

体が熱いとか顔が青いとか、そういうのはまだ無いみたいだ。

「でもこうやっていれば、いつか死ぬ時がくるんですよね」

「何を言っているんだ」

「生きていても、楽しいことなんか無いんですから」

「そんなことはない!生きていれば、辛いこともあるかもしれないけど、楽しいこともある!」

「楽しいこと?でも私は、全てを失い、もう歩くことも出来ない・・・」

「まだ大丈夫だ。取り戻せるよ・・・」

俺は落ち着いて話し掛ける。

「生きていれば、俺みたいにぐーたらしてるクセに色んな景色を見ることが出来る」

「・・・・・」

「その景色の中には、つまらないこと、楽しいことがたくさんつまってる」

俺は祐美の手を掴む。

「でも、楽しいことの方が輝いて見えるんだ」

「輝いて・・・?」

「そうだ。どんな辛いことがあっても、その楽しいことを糧に頑張っていけるんだ」

「楽しい・・・こと・・・」

ここにきて、香奈が教えてくれた"生きる楽しさ"が役立ったらしい。

「ですが・・・」

「大丈夫。さっきも言った通り、時間はたっぷりある」

「でも私は・・・」

「今から立ち上がればいい。決して遅くなんかない」

「・・・・・」

これで前向きになってくれればいいのだが・・・。

「実は・・・この足、治るんですよ」

「だったら・・・」

「でも、やっぱり治したくない。足があれば、何処へでもいけてしまうから・・・」

・・・?

どういう意味だろう。

何処へでも行けるのなら、それほどいいことは無いとは思うのだが。

「私も、わずかな可能性にかけてみたいです・・・ですが」

「ですが?」

「私の病気は、一つじゃないんです」

「・・・!!」

「肺の病気も持ってて、ロクな運動も出来ないんです」

「そうなのか・・・」

「それでも、貴方は立ち上がれると言えますか?」

何だろう、この半ば挑戦的な眼差しは。

まるで、私を説得するのはもう無理だから諦めてくれ、そう言っているようでならない。

・・・それにしては、やけに悲しい瞳をしている。

もう後が無いから、もう独りにしてほしいから、だからもう死なせてくれ。

だけど・・・。

「・・・何か、楽しい話をしようか」

「楽しい話?」

「そうだ、じゃあ俺の学校の話をしよう」

「学校の話・・・」

「聞きたくないか?」

「いえ、聞かせてください。私、学校というものには行ったことがないので」

まぁ、体が動かなきゃ学校に通うことも出来ないはずだよな。

でもそのおかげで幾分か祐美の緊張も解れてきたみたいだ。

「そうだな、じゃあ、俺の学校での友達の話をするよ」

「はい」

祐美は笑顔で答えた。



















「あぁ〜!!」

美亜ちゃんがこの世の終わりとばかりに大絶叫する。

「ど、どうしたんだ!?」

「サイフと携帯と手鏡とカメラとお弁当と飲み物とそれを入れるバックを忘れたー!!」

それって、何も持ってきてないのと同じなんじゃないのか。

「うぁ〜!制服に着替えただけで学校に来てしまったー!!」

「今から取りに戻るか?」

しかし、時計は8:25を指している。

校門まで来た所で引き返していては、まず遅刻は免れない。

それに加えて美亜ちゃんの家まで戻るのであれば、一時間目は160%欠席になる。

「えぇ〜い!行くよ!!」

美亜ちゃんは、そんなスピードを出されては光も暗くなるくらいの勢いで駆け出した。

「は、早っ!早いから!」

既に美亜ちゃんは地平線の彼方であった。






「遅いよぉー!!」

「み、美亜ちゃんが早すぎるんだ!」

100m走で金メダルを余裕で取れる早さだ。

「そうかなー?ま、とりあえず中に入ってー」

普通に帰れば50分以上かかる道のりを、俺達は6分と27秒でやってきた。

本当なら5分ジャストだったのだが、ロスの1分と27秒は俺の遅れのせいであると美亜ちゃんはほざく。

そもそも、ありえないスピードとタイムなのだ。

しかし、美亜ちゃんは息一つ乱していない。

俺の方はというと、こんな大運動をこなし、心臓は少なからず半分は機能を停止していた。

「ここが美亜ちゃんの家か・・・」

失礼ながら、おせじにも大きいとも綺麗とも言えないような築35年程度の一軒家である。

「あんまり立派じゃないけどね〜」

それでも好きなんだからーという美亜ちゃんの心の叫びが聞こえた。

「ちなみに今親いないから安心してねー」

何を安心すればいいのかわからない。

廊下を通り抜ける際に美亜ちゃんが一室のドアを開ける。

「ここが美亜の部屋でーす!」

俺が紹介されたのは、雑誌とCDが部屋を埋め尽くすほど散乱しており、

コップやお皿等が有象無象に散りばめられ、洋服はその上に引っ掛けられているという、

ハッキリ言って物置としか取れない小さなワンルームだった。

「・・・どこに部屋があるんだ?」

「失敬なー!ここはれっきとしたお部屋ですぅー!!」

皮肉は通用しないらしい。

「こ、ここで勉強したり寝たりしてるの?」

「うん、そーだよー!ここのベッドが気持ち良いんだぁ〜!」

そう言うと雑誌や洋服を踏みつけているのに抵抗する表情も見せずベッドに飛び乗る美亜ちゃん。

「フッカフカだよぉー!乗ってみる?」

「い、いや、またの機会にしよう」

「じゃ、向こうにリビングあるから、適当に座って待っててー。準備するからさー」

「わかった」

俺は早々と踵を返し、リビングに向かう。

「はぁ・・・」

リビングもまた、美亜ちゃんの部屋と同じ状態であった。

「何処に座ればいいのだろうか・・・」

というか、この家の主は一体何を考えて生活しているのだろうか。

こう、気にしないのかというか、片付けないのかというか。

「お待たせー!」

「早かったな」

「へへへー。全部バッグの中に入ってたからねー」

「じゃあ行こうか」

「えー!」

何が不満なのだ。

「ちょっとゆっくりしていこうよー!」

「ゆっくりったって・・・そんな時間無いぞ?」

走って学校へ行くのがイヤなのだ。

「大丈夫だよー!ほら、ちょっと座って待ってなよ」

「いや・・・あのな」

美亜ちゃんは台所とおもわしき所へ消えていった。

「はぁ・・・」

こんなグータラ生活をしてていいのだろうか。

そもそも俺は、担任の先生から美亜ちゃんの生活態度を戒めろと強く言われているのに、

これじゃあまるでミイラ取りがミイラになった状態ではないか。

いかんぞ、美亜ちゃんのペースに飲み込まれる前に何とかしないと。

「はい、どうぞ!!」

美亜ちゃんはバカでかいジョッキに入ったオレンジジュースらしきものを俺の前に置いた。

「・・・何だこれ?」

「美亜特製オレンジジューチュ!」

チュとか言ってる時点で飲む気が失せた。

「何が特製かっていうとねー、このグラスなのさー!」

そのグラスは幅はそんなに無いものも、縦長く、フチから底まで約1mだ。

「・・・これ、何リットルくらいあるんだ?」

「5リットルくらいかなー」

「・・・こんな飲めるワケないだろ」

というか、何故こんなに用意したのだ。

「ゆっくり飲めばいいよー。時間タップリあるんだし」

「たっぷりあるワケ無いだろ。もう出なきゃ二時間目も間に合わないぞ」

「え?二時間目?」

キョトンとした表情で美亜ちゃんが言う。

・・・きっとオレンジジュースを作るのに夢中で学校の存在を忘れていたに違いない。

「あのなぁ」

俺はほとほと呆れていた。

「あ、そっか。今日学校あるんだよね。あはは!忘れてた!」

学校の道具を取りに家に戻ってきたのも忘れているようだ。

「じゃま、とりあえずストロー!」

俺に80cmくらいのストローを手渡す。

「頑張って一緒に飲もうー!」

「・・・・・」

そのストローは、映画なんかによくある吸い口が二個あって恋人同士が使ったりするものだった。

「美亜ねー、このオレンジ大好きなんだー!」

だからどうした。

「お母さんがね、形見として残してくれたグラスにね、小さい頃一緒によく飲んだオレンジがね」

オレンジジューチュなるものを飲んでは話し飲んでは話しという具合なので、

ハッキリ言ってよくわからない上に、美亜ちゃんのその姿はちょっと滑稽である。

・・・しかし、このオレンジは中々うまいな。

薄味系のサッパリした感じが案外俺好みである。

唯一おいしくないのが、美亜ちゃんと一緒のストローで飲んでいるコトである。

何で学校の道具を取りに戻って来たのに甘めのラブシーンを演じなきゃならんのだ。

「このストローもそうなんだー、へへへ。いつか大切な人と飲めたらいいなぁーって」

「ぶはっ!」

俺はジェットミサイルよろしく凄まじい勢いでオレンジを吐き出した。

「そんな想いを込めてるんなら俺と飲むな!」

「えー?だって、君も大切な人だよ!」

あ、あぁ、なるほど。

どうやら美亜ちゃんにとって大切な人というのは友達であればいいらしい。

嬉しいというのもあれば、半分悲しいような気もする。

「もしかして美亜は大切な人じゃないのぉ!?」

涙目でウルウルさせながら聞いてくるその姿は俺には見慣れたせいか、

あんまり感情的にならなかった。

「はいはい、大切な人だよ」

俺は聞き流しながらオレンジを飲み込む。

「ホントにぃー?」

「本当じゃなかったら一緒に飲まないって」

我ながら素晴らしい発言をした。

「やったね!これで36人目ゲット!」

・・・何?

「何だそれ?」

「え?!あ、あれ、おかしいな、今美亜何か言ったっけ??」

目を白黒させながら美亜ちゃんはとぼけるようなジェスチャーを繰り広げる。

「はぁ・・・」

不快、もとい深いため息をついた俺は、美亜という少女には

一生かかってもかなわないと思った。



















「すごい面白い子なんですね」

祐美が初めての笑顔を浮かべた。

「まぁ面白いっていうか、俺にとっちゃ迷惑な話なんだけどな」

「でも、毎日退屈しないで済みそうですよね」

確かに毎日美亜ちゃんが何らかのボケを発してくれるから、

案外一日一日が退屈ではないのかもしれない。

「いいですね・・・私もそんな環境で生まれたかったな」

祐美のその言葉は悲観的なモノでなく、どちらかといってあこがれに近いものだった。

「何だったら今から行くか?」

「え、でも」

時間的に余裕が無いわけでもない。

夜とは言えそんなに遅くもないし、今から行って終電、

またはオールナイトして始発で帰ってくればいいのだ。

美亜ちゃんなら喜んで迎えてくれるだろう。

「そこまで行く前に倒れちゃいますよ」

半分笑って答えるそれは、死を覚悟した前のものとは幾分も違って見えた。

良かった、これを機に体の方も良くなっていけば申し分無い。

「おんぶしてやろうか?」

俺が冗談交じりに言うと、祐美はまた微笑んだ。

「ありがとうございます。でも、やっぱり迷惑ですし」

「迷惑なんかじゃないさ」

「・・・・・」

祐美はまるで珍しいものでも見るかのような眼で俺を見る。

「どうしてそこまで優しくしてくれるんですか?」

「何だろう・・・同じタイプの人間だからかな」

「同じタイプ・・・?」

「そう。考えを自分の中に閉じこめちゃって、向上心が無いというか・・・」

しまった、つい話の流れで軽はずみなことを言ってしまった。

「ふふふ・・・」

しかし、予想外に祐美は笑い出した。

「な、何で笑うんだ?」

「痛いところを突かれました」

「え・・・?」

「本当のことですから。でも、もう大丈夫ですよ」

柔らかい物腰で言う祐美は、どこか神話のような、天使のような人間に見えた。

「もう、死にたいだなんて思いませんよ」

「本当か?」

「えぇ。生きていれば、楽しいことが必ず待ってるはずですから」

祐美は星一つ無い空を見上げて嬉しそうな顔をした。

「ちょっと散歩しませんか?」

「え?あぁ、いいよ」

「ふふっ、じゃあ行きましょう」

祐美は俺の手を取って歩き出した。

が、もちろん倒れてしまった。

「だ、大丈夫か!?」

「痛たた・・・やっぱり散歩は無理ですね」

「・・・背中を貸してやる」

「え?」

「大丈夫、さぁ」

「えぇ、では」

俺は祐美を背中に乗っけると、この場所を中心に公園を一周し始めた。

















「ここの公園は広いですから、何時間もかかってしまいますよ」

歩き始めて3つ目のベンチに座りながら祐美が言う。

「夜は長い。ゆっくりかけて周ればいいさ」

「ごめんなさい、私なんかの為に・・・」

「大丈夫だって。それに祐美といると話が弾むし」

確かに、何だか祐美と話すと心が軽くなっていくような感じがするのだ。

「それって本当ですか?」

祐美が笑いながら冗談なのかどうなのかを確認する為に俺の顔を覗く。

「俺は冗談は言わないから」

・・・今思ったのだが、俺って何かヤサ男みたいだな。

「あ、今流れ星が!」

祐美が唐突に叫ぶ。

「・・・・・」

「・・・・・」

流れ星はごくゆっくりと時を刻んでいった。

「結構ゆっくり流れたな」

「えぇ」

何故だか祐美は嬉しそうに答える。

「どうしたんだ?」

「願い事、三回祈りましたから」

「あぁ、なるほどね」

しまった、すっかりそんなコト忘れていた。

星が流れている時に願い事を三回すると叶う。

ロマン溢れる話だが、一体どこの誰がそんなコトを決めたのだろうか。

それに、実際叶った人間なんてのを少なくとも俺は知らない。

「それで、何を願ったんだ?」

「病気が治ることと、あと・・・」

「あと?」

「ふふっ、秘密です」

「教えてくれてもいいじゃないか」

「ダメですよー。秘密なものは秘密なんですから」

そう言うと祐美はゆっくり立ち上がって走り出した。

「お、おい・・・」

「知りたかったら捕まえて下さい」

祐美はそのまま来た道を走り出してしまった。

「ま、待て!」

ずんずん進んでいく祐美に心配そうなものは何も無いが、

果たしていきなり倒れたりしないのだろうか。

「ふふっ、遅いですよ!」

俺を遠目に挑発する祐美。

「よーし、じゃあ本気で走ってやる!

美亜ちゃんによって鍛えられたこの足腰を見ろ!

「あ、追いつかれる・・・」

祐美との差はぐんぐんと縮んでいく。

「ほら、捕まえた」

「早すぎですよー」

「そりゃ毎日走ってるからな」

「美亜という子のおかげですか?」

「まぁそういうコトだ」

気が付くと、いつの間にか俺達は初めに会った場所に戻ってきていた。

「走るのって楽しいんですねー」

祐美が悠長に言う。

「それより、足は大丈夫なのか?」

「え?そういえば・・・」

どうやら無我夢中で走っていたらしい。

「喉が渇いたな。何か飲むか?」

「え、でも」

「遠慮は毒だぞ」

「ふふっ、じゃあお茶をお願いしますね」

「了解だ」

俺は自販機に向かって小走りした。

















「案外夜も涼しくなってきたな」

お茶のボタンを押しながら思った。

最近までは夜も寝苦しい暑さだったというのに、急に冷えてきた気がする。

といっても寝た日なんてほとんど無いワケなんだが。

「さてと・・・」

自販機からお茶を二本取り出した俺は祐美の所へ戻ろうとした。

「あぁ、開けてやんなきゃな」

缶を開けようとした時、俺は目の前の光景に気付いた。

「祐美・・・!!」

祐美が倒れていた。

「どうした!?」

やはりさっき走ったりしたのが祟ったのだろうか。

「ゴホッ、ゴホッ・・・」

激しく咳き込む。

「大丈夫か!?」

「えぇ、大丈夫・・・ですよ」

しかし、何度も激しい咳をする祐美は決して大丈夫なハズがない。

「とりあえず、お茶を飲め」

「あ、ありがとうございます・・・二度もごめんなさい」

祐美はお茶を流し込もうとするが、咳が邪魔をして中々飲めない。

「おい、マズいんじゃないか?」

「どうでしょう・・・」

祐美の瞼は半分つむっている。

目がかなり虚ろになっているのがよくわかる。

「薬か何か持ってないのか?」

「そういえば・・・」

祐美はポケットの辺りを探る。

「死のうと思ってたから、何も持ってきてないです・・・」

「くそっ、この辺に病院はあるか?」

「そこまで大げさじゃ・・・ゲホッ!!」

祐美は血を吐き出した。

「おい!かなりヤバイんじゃないのか!?」

「大丈・・・夫、ですよ」

「血を吐いといて大丈夫なワケないだろ!」

俺は再び祐美をおぶった。

「病院か家か、近い方を案内してくれ!」

「家・・・の方が、近い・・・かな」

「どっちだ!?」

祐美は右手を指した。

俺は何も言わず走り出した。

このままでは、もしかしたら本当に死んでしまうのではないだろうか。

そもそもいきなり血を吐くなんて尋常じゃないのだ。

もしかすると肺の病気が悪化したのだろうか。

くそっ、俺のせいだ。

俺が走らせたりしたからだ。

こんな大事になるコトをもっと計算していれば・・・。

「分かれ道か・・・今度はどっちだ?」

「・・・・」

「おい!祐美!!」

「・・・ひだ・・・・・」

「左だな!左に行くぞ!?」

「・・・・・」

「大丈夫、です・・・」

「左に行ったらもう近いのか!?」

「そこから公園を出たら、突き当たりの正面の家が・・・ゲホッゲホッ!!」

俺の背中が生温かい感触に覆われる。

「よし、わかった!」

「・・・・」

祐美は今の精一杯の発言でもう危険な状態を越えてしまっている。

血を吐いたのがそれだ。

俺はかなりの急ぎ足で左へ向かった。

だが、公園の出口は一向に見えない。

それどころか、このまま行くと林の中に出てしまうようだ。

「こっちで大丈夫なのか!?」

「・・・・・」

「突き抜ければ出れるんだな!?」

「・・・・・えぇ」

俺は地面の出っ張った木の枝と格闘しながら確実に進んでいった。

途中、俺は木のつるに転んでしまった。

「くそっ、邪魔するなぁ!!」

もう片方の足で立ち上がり思い切り木を蹴り飛ばすと、俺はまた走り出した。

「・・・さっきのね」

祐美がガラガラな声で喋りだした。

「願いごとのもう一つね・・・ゲホッ!」

「大丈夫か!?もう喋らない方がいいんじゃないのか!?」

「えぇ、大丈夫です・・・」

走りながらなので、祐美と祐美の声が震える。

「今の時間がずっと続きますようにって・・・」

「祐美・・・」

「貴方とずっと楽しくしていたいって・・・」

祐美は涙声で話す。

「私、死にたくないよ・・・まだ死にたくないよ・・・」

「大丈夫だ!このまま行けば、絶対助かる!」

「生きて・・・今まで悲しく生きていた分、楽しく過ごしたいよ・・・・・」

俺達はいつの間にか公園を出て、突き当たりの見える道路に進んでいた。

「あそこだな!!」

不意に激しい雨が降ってきた。

「くそっ、邪魔ばっかりしやがって!!」

天はこの状況を見て嬉しがっているんだろう。

この絶望的な状態を見て、微笑んでいるんだろう。

俺は雨のせいでまた転んだ。

「くそっ!くそっ!!」

俺が一体何をしたというのだ!

祐美を救いたいだけじゃないか!

それが、どうして貴様は邪魔をするのだ!

「もうすぐなのに・・・!!」

俺の膝は大きく笑っている。

転んですりむいた所から血が出ている。

「俺をあざけり笑うのは構わない!だけど、祐美は助けてくれ・・・!!」

街灯が次々と消えていった。

辺りはほとんど真っ暗になり、歩くコトさえままならない。

「何故だ・・・何故俺達の行く道を遮る!?」

膝の痛みと辺りの暗さで方向感覚が狂い、何処へ向かって走ればいいかわからない。

「人が生まれ変わろうと努力しているのに、どうして・・・どうして!!」

俺はがむしゃらに走った。

背中に祐美の感触だけを残して、なすがまま走った。

気のせいか、祐美の吐息が和らいでいるようだ。

咳も少なくなったし、もしかすると助かるかもしれない。

「もう着いていてもおかしくないはずなんだが・・・」

さっきの場所からちゃんと走っていれば、もう目的地に着いていてもおかしくない。

俺はふと立ち止まった。

すると辺りに灯りがともされ、祐美の家が目の前に見えた。

「祐美!ここでいいんだな!?」

心なしか随分長い間であったような気がした。

走った時間は少ないものの、精神的に流れた時間は相当なものだ、

「祐美・・・祐美!!」

俺は祐美を背中から降ろし、その家の玄関の段差に腰掛けるようにして、背中を抱いた。

祐美の顔は前髪が雨に濡れて鼻まで隠れてしまっている。

俺はとっさに祐美の前髪をかき上げた。

祐美は目を閉じ、安らかな眠りについているようだった。

「祐美・・・」

俺はありえない顔をして、祐美のおでこの辺りを叩いてみる。

「祐美!返事をしてくれ・・・祐美!!」

しかし、祐美の表情は何一つ変わらない。

「どうしてだ・・・!!」

「・・・・・」

その刹那、祐美の目が少しだけ開いたような気がした。

「祐美!?」

「死ぬなんて・・・嫌だよ・・・・・」

祐美の瞳から一筋の光が零れる。

「祐美!しっかりしてくれ!!」

「でも・・・もう・・・」

「もうここまで来たんだ!祐美!後は・・・後は・・・!!」

「・・・ありがとう・・・・・」

祐美の力が完全に抜けて、そのまま地面に倒れた。

「祐美!?」

全身を揺さぶってみても、反応は無い。

「祐美・・・祐美ィィィィィィ!!!」

雨が少しだけ強くなった気がした。




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