出会いと別れ第2章




涼しい夏の昼下がり。

圭からの電話はまだ来ない。

くそっ、もう来てもいい頃だと思うんだがなぁ。

「はぁ・・・」

太陽は若干雲に隠れて威力が衰えている。

こんな涼しい日ならばピクニックに行っても構わないのに。

「・・・・・」

それでも風が無ければ日差しはまだ強い。

風が無く暑い気持ちでいると、爽やかな風が吹き抜ける。

しかしその逆も然り。

・・・つまり、ちょうどいい天気なのだ。

「風と太陽の素晴らしいハーモニーってトコだな」

無限に広がる青い空、どこまでも白い積乱雲、そして輝く灼熱の太陽。

夏の終わりは、まさに最高の一時である。

夕暮れに差し掛かれば、オレンジ色が辺り一面に眩しい。

「・・・昨日の一件が無ければ、この空と共に昇華していただろうな」

夏の詩人もとい、ズタズタな服で飾られた俺はため息のような声を吐き出す。

「祐美・・・」



























「どうして・・・どうしてなんだぁ!!」

俺は目の前の光景を信じられず、ただ叫んでいた。

「祐美・・・おい、祐美!・・・・・目を覚ましてくれよ!」

俺の声は、まるでそこに何も存在しないかのように祐美を突き抜ける。

「・・・!!」

咄嗟に俺は玄関を蹴り叩き、中の住人を呼び出した。

「おい!祐美が・・・祐美が・・・!!」

それ以上は声にならなかった。

俺の身体はもう、絶望的瞬間と悲観的欲望が混ざり合い、俺を支配していた。

だから、後は怒りに身を任せるばかりだ。

「早く救急車を呼べ!早く!祐美が・・・祐美が!!」

不意に玄関の扉が開く。

「何事でしょう・・・?」

「何事でしょうじゃないんだ!祐美がな、祐美がヤバいんだよ!!」

俺はあえて"死"という表現をしなかった。

それはやはり、祐美のそれに対する否定感があったからなのだろうか。

「えぇと、どちら様でしたっけ?」

平然とマイペースを貫く祐美の母親に、俺の中の何かが音をたてて切れた。

「どちら様じゃねぇんだ!祐美が倒れてんだよ!早く救急車呼べよ!」

俺のあまりにも暴慢な態度だけを見てか、祐美の母親は冷たい目線を俺にやる。

「失礼ですが、貴方は祐美の何ですか?」

その一言は俺を完全に狂わせた。

「ふざけんじゃねぇ!!」

俺は玄関に飾られた小さな植木鉢をフッ飛ばした。

「祐美が死んでもいいのかよ!!」

「え・・・?」

母親は"死"に敏感に反応したようだった。

「祐美が・・・祐美が・・・!!!」

俺は祐美を抱き上げると、その姿を母親に見せてやった。

「早く病院へ持っていけ!!」

「え?え?」

母親がやっと戸惑った仕草をして、俺は一息ついた。

「祐美・・・」

祐美を抱きかかえながら、顔をなでてみる。

反応は無い。

「何でだよ・・・」

自然と涙が溢れ出る。

悲しくて、悔しくて。

そこにあったものが、全て消えた。

俺と同じ匂いがした人。

ついさっきまでは笑顔だった・・・祐美。

何がいけなかったとか、何が悪かったとか。

全て俺のせいにしてくれていい。

だけど、もし奇跡があるのならば、祐美を・・・。

「今の時間がずっと続きますようにって・・・」

「貴方とずっと楽しくしていたいって・・・」

祐美を・・・祐美を!

「今救急車を呼びました!!」

母親が慌てながら家から飛び出てくる。

「もう・・・遅い・・・」

「え・・・!?」

どんなに願っても、祐美はもう帰って来ない。

「ちょっと・・・あなた、ちょっと!」

俺はその場という存在を忘れ、一人歩き出した。






全てが消えればいいと思っていた。

何もかも、俺を邪魔しやがるんだ。

人の生を否定されて、人の息吹きを掠め取られて。

これ以上何も残ってはいない。

「・・・・・・」

一体俺は何を信じればいいのだ。

愛李を救いたい、香奈と居たい、祐美を・・・祐美を守りたかった。

それが何だ、このザマは。

結果として誰も居ないじゃないか。

誰も残ってないじゃないか。

救えてない、居れてない、守れてないじゃないか。

一体俺は今まで何をしてきたんだ。

ただ無駄に時間を過ごして、体力を浪費して。

全てが、水の泡だ。

この怒りは何だ。

この悲しみは何だ。

・・・そんな眼で俺を見るな。

俺は誰も愛せなかった。

ただ目の前にある光景に自分を奪われていた。

何をすればいいか、そんなコトは考えていなかった。

下らない人生。

俺はどうすればいい。

もう何も残っていない俺は、何処へ行けばいい!?

俺を笑うな。

無残にも孤独な俺を笑うな。

誰だってそうだ。

いつも独りで、暗いんだ。

自分が信じられない。

自分を失ったら、俺は確実に死ぬ。

いや、死んだ方がマシかもしれない。

俺は愛李を救えなかった。

愛李は俺を望み、共に全てを求め合った。

今は温もりさえも無い。

愛李が居たコト、存在したコトも、あったのか無かったのか。

俺は香奈から逃げ出した。

何故逃げ出したのか・・・わからない。

香奈の幸せと俺の幸せは違うからか。

それでも香奈は俺に居てほしかった。

だが俺はそれを拒んだ。

俺は自分の道を辿ってしまった。

俺は祐美を守れなかった。

互いに分かち合ったあの刹那も、今はもうありえない。

俺に助けを求めていた。

俺は自分に出来るコトをした。

だがそれはウソでしかなかった。

祐美が生きていなければ、俺は何もしていないのと同じだ。

俺は一体、何をしてきたんだ・・・。

「アンタはいつだってそうよ」

誰だ。

「アンタらしいよね」

俺を笑うな。

「アンタと過ごした日々、忘れないから・・・」

・・・?

「忘れないよ・・忘れられないから・・」

この気持ちは・・・なんだ?

「また、会えるよね・・きっと会えるよね!」

「ああ、必ず会える。俺が会いに行くさ」

俺が・・・圭に?

・・・・・。

俺はまた大切なコトを忘れていた。

圭に会う為に、俺はここまで来たんだ。

今まで会った人達と別れて後悔しても、それがあったから俺はここにいるんだ。

愛李も、香奈も、祐美も。

今は思い出となってしまったけど、俺には圭がいる。

そう割り切っていたハズだった。

どこで俺は狂ってしまったのだろうか。

祐美が死んで、一人闇に包まれていた。

自己嫌悪になって、更に何もかもが嫌いになった。

自分の存在でさえも憎んで、全てを否定していた。

俺はこれを乗り越えていかなきゃならない。

心の闇に眠る後悔の念。

これを踏み倒さなきゃ、俺は前には進めない。

自分自身、何を考えていたかわからないけど、

今はもう、全てを取り戻した。

俺には圭がいる。

全ては、圭の為に・・・。



























気付いたら俺はこの公園にいたんだったかな。

祐美が死んで、俺の中の抑え切れない感情が暴走した。

「まぁ、前向きにそういう風にとっておくか」

冷たい風が吹き抜ける。

「それにしても、圭はまだなのか」

さっきから随分と時間が経っている。

明日電話するねー!はいいが、明日のいつのコトなんだろうか。

ひょっとしたら夜なのかもしれない。

「別にいいけどさ・・・」

ふてくされながら、でも少し笑いながら、俺は自販機の前に立った。

ピロリロッ ピロリロッ ピロリロッ

「あ・・・」

遂に携帯が鳴った。

俺は急いで通話ボタンを押す。

「やっほー!!」

・・・このヤケに高い声は。

「美亜だよぉー!元気してたぁー!?」

「なんだ、美亜ちゃんか」

俺はひどく肩を落とした。

「コラッ!なんだとはなんだ!」

「ゴメンゴメン」

参ったなぁ、絶好のタイミングで、まさか美亜ちゃんとはな。

「ってかさー、何処にいるのぉー?家に行っても誰も出ないしさー」

わざわざウチにまで来たのか。

「昨日長崎に着いたところだ」

「えぇー!?なんでぇー?」

まぁ、そういう展開になるわな。

「色々あったんだ」

「ふぅーん、まぁいいけど」

説明する必要が無いのが美亜ちゃんの良いところだ。

「じゃあまだ圭ちゃんに会ってないんだ?」

「あぁ、まだだ」

「もぉー、もっと早く帰ってきてよね!」

どうして怒るのだ。

「毎日退屈だったんだからさー!」

「はは、明日くらいには帰るよ」

「明日って、もう学校始まっちゃうじゃん!」

あ・・・。

しまった、考えてみると夏休みは今日で終わりなのだ。

いつまでもダラダラしている時間は無い。

「もお〜、ホントお願いしますよって感じだよぉー」

「悪い、ちゃんとお土産買って帰るからさ」

「ホント!?じゃあ、また明日ね!」

「あ、あぁ」

「それと土産話もね!それじゃねダーリン☆」

ツー ツー ツー

なんとまぁ切り替えが早いのだろうか。

いや、その前にダーリン☆はやめてほしかった。

「はぁ・・・」

シチュエーション的にひどくため息が似合っている。

・・・嬉しくない。

それにしても不思議なのだが、何故携帯の電池は切れないのだろうか。

およそ一ヶ月以上充電していないハズだが、

パワーは満タンといった感じで一つも減っていない。

やはり最近の携帯は一ヶ月程度なら大丈夫なのだろうか。

いや、でも俺の携帯は相当古いワケだ。

・・・まぁ、どうでもいい。

「はぁ・・・」

どうでもいいようなため息が出る。

空は次第に青さを失っていった。

まるで俺の幸先を挫くかのように。









カランッ カラン

六本目のお茶の缶を投げ捨てた。

もうすぐこの公園は暗闇に包まれるというのに、圭は未だに現れない。

「はぁ・・・」

何度目のため息だろうか。

空のオレンジは薄れかかって、もはや黒染めされてしまった。

「圭・・・」

この名前も何度呼んだコトか。

一向に誰かが訪れる気配は無い。

・・・長崎という見知らぬ地で、俺は一体何をやっているのだろうか。









暗い。

空もそうなのだが、何より俺の心が、だ。

一番好きな"人"に会いに来て、一番嫌いな"待っている時間"を体験している。

この葛藤感に似た抑揚は何だ。

張り裂けんばかりの、悲しみと怒り。

いや、まだ前者の方が強いかもしれない。

俺は別に怒ってなどいないのだ。

・・・いや、それはきっと自分にウソをついている。

圭に怒りたくないから、圭に嫌われたくないから。

そういう心の奥底の余計な気持ちが俺をフォローしているのだ。

情けない。

「はぁ・・・」

心なしか寒くなってきた。

世間は夏だというのに、気分は冬だ。

ピロリロッ ピロリロッ ピロリロッ

そんな俺にお似合いな季節を打破するかの如く、着信音が響いた。

・・・不意に俺の中の何かが崩れた。

「もしもし?」

「ゴメン!すっかり忘れちゃってた!」

無邪気さがあたかも滲み出ている圭の声が響く。

「まだ長崎にいる?」

「・・・あぁ」

「え!ホントに!?ゴメンねー!」

「いや、別にいい」

よくない。

「えっと、何処にいるんだっけ?」

「公園だ」

昨日言っただろうが。

「・・・怒ってる?」

「別に」

怒らないワケがない。

「ホントにゴメンね!」

「謝るな」

お前のその謝ってる態度が何故かイライラする。

「せっかく来てくれたのにね・・・」

「・・・・・」

死ぬ思いで来たんだ。

「今から行くから、絶対!」

「あぁ」

別に来なくたっていい。

「公園に着いたら電話するね」

「あぁ」

電話もしなくてもいい。

「・・・やっぱり怒ってるでしょ?」

「別に」

わかってるなら言わせるな。

「とりあえず行くね!それじゃ」

「・・・・・」

俺は何も答えず電話を切った。

・・・なんだ、この感情は。

思ってるコトと言ってるコトが全然違う。

いや、俺はそんな冷たいコトは思っていないのだ。

俺の中の、何か、何処かわからない場所で、誰かが呟いている。

・・・圭を憎んでいる。

違う、俺は圭に会いにきた。

だから決して憎んでなどいない。

・・・圭は忘れていた。

多分、忙しくて忘れていたんだと思う。

仕方の無いコトだ。

・・・大事に思っている圭が、忘れていたのか?

黙れ!

圭は俺にとって大切な人なんだ!

時に笑い合って、時に癒されて。

お互いがお互いを想っていたからこそじゃないか!

・・・じゃあ何故忘れた?

知るか!それ以前にお前はなんなんだ!

俺の中に棲むな!

・・・知りたければ、会うしかない。

今から会うんだ。

それで、もう、いいじゃないか。

・・・考えているほど、圭は浅はかな人間だ。

そんなコトはない!

・・・根拠が無いな。

うるさい!消えろ!

・・・もう帰ろうか。

・・・ムカつくから帰ろうか。

俺は・・・俺はどうしたんだ・・・・・!?

・・・俺を忘れた圭が憎い。

・・・あれほど好きだった圭がいない。

・・・もう何も信じるコトは出来ない。

・・・全ては終わった。

・・・帰って眠りたい。

・・・二度と覚めない眠りにつきたい。

・・・側に、誰も居ない。

・・・・・。



























「ねぇねぇ」

「うん?」

「わたしたち、大きくなったら、結婚しようね!」

「結婚って、なに?」

「ふたりで、くらすコト!」

「でも、そんなにお金、ないよ」

「大きくなるまでに、ためればいいの!」

「たまるかなぁ?」

「きっと、たまるよ!」

「うん、それじゃ、いっぱいたまったら、結婚しようね」

「うん!」

「あははっ、なんか、うれしいな」

「なんでー?」

「わかんないけど、うれしいよ」

「わたしも、うれしい!」

「結婚って、うれしいね」

「うん!」

「どうして、かな?」

「いっしょに、くらせるから、じゃない?」

「いっしょに、ねたり、するの?」

「わかんないけど、そうかも!」

「おとうさんと、おかあさんは、どうしてるの?」

「おかあさん、いないよ」

「そうなんだ」

「きみは?」

「ぼくは、おとうさんも、おかあさんも、たまにしか、いないんだ」

「たまにしか、いないの?」

「うん、おしごと、してるんだ」

「じゃあ、いつも、ひとりなの?」

「そうだよ、ひとりで、くらしてるんだ」

「さびしい、ね」

「うん」

「わたしも、さびしいよ」

「どうして?」

「きみが、さびしいから、だよ」



























「俺は・・・」

気が付くと俺はブッ倒れていた。

「ん・・・」

よくわからない。

自分の身に何かが起きた。

・・・かもしれない。

「圭は・・・?」

辺りを見回してみたが、誰も居ない。

「・・・・・」

疲れた。

よくわからないが、疲れた。

全身に血が流れていない。

そんな状態にあるかもしれない。

いや、あくまで"かもしれない"なのだ。

何もわからない。

ただ、俺は疲れている。

何に?

「圭に・・・か?」

どうもそうらしい。

よく考えれば、全ての元凶は圭にあるコトになる。

圭に会いに来て、様々なコトを乗り越えて、今に至る。

結果として残ったのは疲れだけ。

つまり、圭に会いに来なければ、俺は疲れるコトもなかった。

「俺、こんなトコで何してるんだ・・・?」

よくわからない。

だが、俺は何か、頑張った気がする。

何に、じゃなくて、何となくそんな気がする。

ここまで来るのにどれだけの時間を費やしたのか。

それだけで俺は頑張った。

だからもう、いい。

どうでもいい。

「帰ろう・・・」

俺は疲れ切った身体を引きずって歩き出した。















気が付くと俺は駅に立っていた。

どうやって来たのか、わからない。

無意識に、かつ自然と足を運ばせた。

・・・よくわからない。

「・・・・・」

電車が来た。

コレに乗れば帰れる。

さぁ、行こう。

「待って!」

俺は疲れたのだ。

「ねぇ!」

帰ってグッスリ眠ろう。

「―――――」

・・・?

何か聞こえた。

誰かが俺に向かって叫んでいる。

「待ってよ!!」

やめろ・・・。

俺を邪魔するな。

「行かないで!!」

俺はもう帰りたいのだ。

どうしてこの声は俺を阻むのだ。

「ねぇ!」

手をつかまれた。

「本当にゴメン・・・忘れちゃってたのは謝るよ」

誰・・・?

「せっかく来てくれたのに、ゴメン!」

ぼんやりと視界が映る。

「圭・・・」

息を切らして顔を赤らめたその少女は、圭だった。

いや、圭かもしれない。

・・・よくわからない。

「ゴメン!本当にゴメン!」

必死に謝っているその姿は、何故か可哀想に思えた。

「手を離せ」

「ゴメン!だからちょっとだけ待って!」

「疲れてるんだ」

「少しだけでいいから、話そうよ」

「時間がもったいない」

「そんなコト言わないで・・・」

「黙れ!」

俺は強引に圭の手を振りほどいた。

「ゴメンね・・・ゴメンね・・・」

「泣くな」

「私が悪かったのに、ホント、ゴメンね・・・」

「もういい。泣くな」

「私・・・」

「黙れ!!」

時が止まった。

「俺の気持ちもわからないで、勝手に泣くな!」

「・・・ゴメン・・・」

「俺がどれだけの思いでここに来たのか知ってるのか!!」

「うぅん・・・知らなかった・・・」

「黙れ!俺は疲れたんだ!もう疲れたんだ!!」

俺は急いで電車に乗り込んだ。

「・・・・・」

「・・・・・」

ドアが閉まった。

「私は・・・!!」

俺は背を向けた。

「・・・・・」

電車が動き出した。

もう、誰も信じられない。




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