「・・・・・・」
「独りで歩いた、この道を、この夢を…」
「・・・・・・」
「…この辺で終ろっかな」
「うん」
気がつけば最後まで僕一人が詩を口ずさんでいた。
「飯田君、やっぱりスゴイなぁ」
「え?」
「私、ついていけなかった」
「あまりにもヘタすぎて?」
軽く冗談を交えて言ってみた。
「ううん。本当に、心に沁みてきて…」
「そうかなぁ」
マズイ、何だか嫌味な人間になってきた。
「八木羅さんの一言一言も、重くて、ちょっと応えに迷ったよ」
我ながらよく言うなぁ。
「ふふっ」
八木羅さんは笑顔で空を見上げた。
「詩はいいよね・・・・・・」
「え・・・?」
八木羅さんは何故か涙を流していた。
「その時は、何も思わなくていいし、そこに身を委ねていれば、それだけでいいもの」
「うん・・・」
「現実逃避かもしれないけど、温かくて、でも少し冷めていて」
「うん・・・」
「まるで、夢の中にいるみたいな気持ちになれる」
う・・・・・・。
少し理解出来ない世界が広がってきている。
でもそんな不思議めいた八木羅さんも好きだ。
「飯田君」
「あ、はい!」
ま、マズイ、何故か緊張してしまった。
「今日はありがとう」
「そんなコト・・・」
「また、一緒にしようね」
「うん。僕で良ければ、是非」
「ふふっ。優しいんだね」
「え、そ、そうかな?」
ちょっといい雰囲気。
「それじゃ、そろそろ帰ろっか」
「そうだね」
不意に嫌な風が吹いた。
「・・・・・・?」
見ると八木羅さんは脅えている様子だ。
「どうしたの?」
「あ・・・・・・は、早く帰ろう!」
「う、うん」
一体どうしたんだろう。
八木羅さんがこんなオドオドするなんて。
「キャッ!」
八木羅さんが見事にコケた。
「大丈夫?」
「うん・・・・・・」
僕は八木羅さんに手を差し伸べた。
「菜乎!!」
と、後から野太い声が響いた。
…何故だか、京脳が痺れる感覚を覚える。
「萩野・・・・・・君?」
背筋に鳥肌が集まった。
「逃げるなんてお前らしくねぇじゃねぇか」
「別に・・・逃げたワケじゃ」
「じゃあどういうワケなんだ?」
…萩野と八木羅さんの会話が理解出来ない。
「もう、やめてよ」
「何をだ?」
萩野の冷たい視線が八木羅さんに降り注ぐ。
「私に関わらないで・・・」
「お前から関わってきたんだろうが」
「・・・・・・」
何だか僕だけのけ者で寂しい。
「ちょ、待ってよ」
強引に会話に入り込んでみる。
「何だテメェ?」
「や、八木羅さんが、何をしたっていうの?」
物凄く気弱な発言。
「テメェに関係ねぇだろ。引っ込んでろ。それともまたやられてぇのか?」
「う・・・・・・」
「飯田君は巻き込まないで!!」
八木羅さんが叫ぶ。
「別に俺は何もしてねぇだろうが。このガキから入り込んできたんだろ?」
もっともです。
・・・だけど、何か許せない。
同い年のクセにガキ呼ばわりしたコトも、僕だけ話が掴めないのも。
「とりあえず、上佐賀サンがキレるとヤバイから、さっさと来てくれよ」
「もう・・・・・・勘弁してよ」
「あぁ!?」
萩野が怒声でたたみかけてくる。
「大体お前な、自分勝手すぎるんだよ」
「・・・・・・」
「上佐賀サン相手に、よく突っ張ってられんな!」
「別に・・・」
「あの人怒らすと怖ぇのはお前がよーく知ってるハズだ」
「別に、もう、何も望まないから」
「何言ってやがる。上佐賀サンはお前が来るのを望んでるんだよ」
どうやら八木羅さんはかなり劣勢のようだ。
「私、行かないわ」
「ほぉ。それで?」
「もう言いなりにはなりたくないの」
「お前が勝手に思ってるだけだろ」
「そう・・・かもしれないけど」
「かもしれないじゃねぇんだよ。そうなんだよ!」
八木羅さんはうつむいて半分泣いている。
言葉を返せなくなったようだ。
「ま、待ってよ」
八木羅さんの涙を見るのはイヤだ。
「おい飯田。一つだけ言ってやる」
な、何だろう。
「俺に逆らうってコトは、上佐賀サンに逆らうってコトだ。わかるな?」
わからない。
なんたって僕は君達のコトを全く理解出来ていないのだ。
・・・普通にこのセリフを言えたらなぁ。
「お前が菜乎とどう関わってきたのか知らねぇけど、やめといた方がいいぜ」
「・・・・・・」
それは僕と八木羅さんは不釣合いだってコトなのか。
京脳が無駄にボルテージを上げる。
「俺だってな、あの人がいなきゃ、普通にお前等みたいに過ごしてたよ」
萩野が憂鬱そうに地面に腰掛ける。
「詩を作るコトがどれだけ楽しいかも知ってるしな」
「・・・・・・」
「そうだよ・・・また、昔みたいにやればいいじゃない」
・・・また話が理解出来ない。
「ダメだ。あの人の命令は絶対だ」
「そんな・・・」
「あの人はな、人間じゃねぇよ。鬼だ」
「でも、弱気になっちゃいけないよ」
・・・察するところ、八木羅さんと萩野は昔は仲が良くて、一緒に詩も作ったのだろうか。
それに上佐賀に出会わなければこんなコトにはなってない、と読み取れる。
京脳、素晴らしいぞ。
「要するに、だ」
ドゴッ!!
お腹に激痛が走る。
しかも、朝のとは比べ物にならないほどの痛み。
「い、飯田君!!」
「ぐ・・・・・・」
「俺達を邪魔するお前や柊を倒すコトは俺でも簡単だ」
「やめてよ!」
「そんな俺が、一人の男にビビってるんだ。わかるな?」
つ、つまり・・・なんだ、その。
京脳がレッドゾーンに踏み込んだ。
意識が軽く消えている。
と思ったら痛みで苦しんでいる。
かなりの苦痛だ。
で、つまり・・・。
八木羅さんがいて、僕と裕太がいて。
それで、萩野がいるんだ。
仲を引き裂くコトは萩野でも出来る。
でも、上佐賀という人は、萩野を倒せる。
・・・こういうコトか?
いや、違う。
合ってはいるんだけど、肝心なピースが抜けている気がする。
それはなんなんだろうか。
「来い、菜乎」
「イヤ」
「口で言ってやってるウチに来い」
「イヤ!」
「あんまり強情だと俺も考えるぞ」
「もうイヤ!何で暴力をふるうの!?」
「暴力じゃねぇよ」
「じゃあ何?今殴ったのは何だっていうの?」
「とにかく来い」
「イヤよ!」
「上佐賀サンを怒らせんな!」
「・・・・・・」
どうやら上佐賀ってヤツはかなりの権力を握っているらしい。
八木羅さんが言葉を出せないくらい、か。
「今度・・・会いに行くから」
「悪いがそのセリフは3度目だ。信用出来ねぇ」
「絶対行くから!」
「俺が殺されるんだ!!」
「・・・・・・ゴメン」
「いや・・・・・・まあ、いいんだけどよ」
・・・・・・?
実は萩野って、八木羅さんに弱いのか?
「今は飯田君の手当てをしなきゃいけないから」
「・・・もうちっとマシなイイワケは無いもんかね」
萩野はそう言うと、静かに消えていった。